伊勢路Ⅱ-2、大内山-ツヅラト峠-赤羽口 (2008.10.22)


☆地形図(2万5千分1): 間弓(伊勢11号-3)、長島(伊勢11号-4)

☆まえがき
  伊勢神宮から延々宮川谷、大内山川谷を遡ってきた伊勢路は、ツヅラト峠を越すと熊野灘沿いのルートになる。
内陸ルートの単調からは逃れられるが、尾鷲から熊野を過ぎるあたりまではリアス式海岸だから、ひとつの入り江から次の入り江へと、峠越えを繰り返して行かなければならない。
海沿いの峠は海抜ゼロメートルから乗り越して行くことになるので高距があり、それなりの体力と辛抱が必要だ。

ツヅラト峠の展望    (画像をクリックすると拡大、スクロールします)
☆行動記録とルートの状況

10月22日(曇のち雨 12.5Km)
<タイム記録>

    ホテル季の座(7:40)=(宿の送迎車)=(7:55)紀伊長島駅[8:01]=[8:18]大内山駅(8:25)-(2.5Km)-梅ヶ駅(9:00)-(4.3Km)-定坂公園/三十三観音(9:15/30)-ツヅラト峠登り口(9:59)-ツヅラト峠(10:25/45)-(1.1Km)-山ノ神(11:05)-(2.0Km)-花広場(11:40)-志子(11:50)-(4.7Km)-前山喫茶店フナダ(12:35/13:45)-島地峠(14:00)-(1.4Km)-(14:15)加田赤羽口(14:45)=(宿の送迎車)=(15:10)ホテル季の座

  早目に朝食を済ませて出発。
8時過ぎの上り列車に乗って昨日歩き終えた大内山まで行った。

  大内山駅から歩き出してすぐの街角に中組常夜灯があった。
伊勢から持ってきたという木造の灯篭だが、まわりの景色と釣合が取れないほど豪華な作りだった。

  梅ヶ谷の分岐まで国道を歩くことが多かったがまだ時間が早いため車が少なく、静かだったのがありがたかった。

  梅ヶ谷駅の手前に立っている道路標識の所から栃古川谷に分け入る道に入った。
入り口近くに石柱の道標が立っていた。

 分岐から橋を三つ渡った所に車返しの広場があり、その向かい合わせの園地に東屋とトイレがあった。
大内山から歩き出してから1時間ほど経っていたので休憩。
定坂公園と呼ばれている所で、ツヅラト峠パックツアーなどではここまでバスで来て、歩き出すようだ。

  道路の向こう側に三十三観音があり、それをまわり拝めば西国三十三観音めぐりの代わりになるそうだ。

  上坂公園から進んで行くと徐々に山っぽくなり、初めは砂利の林道、ついで石柱の立つ分岐から山道に変わる。

  杉林の中をゆっくり、30分足らずで東屋の立つ峠の鞍部に着いた。

  行く手に広がる熊野の海への展望は、曇りでもうひとつパッとしなかったが、眺めの良い山の頂に登りついたときと同じような感激があった。

  鞍部の西側の高みに上がると、ページ冒頭のパノラマ写真のように広大な視界が広がっていた。

  峠からの下り始めは非常に急峻で露岩の上を歩く所が多かった。
良く整備されていて要所に階段が刻まれ、鎖やロープも取り付けられているので危険はないが、余所見をしながらは歩けない。

  谷の詰めの壁の急降下が終わると、左岸の尾根の斜下降に移る。
まわりの地形は相変わらず急峻だが長い年月の手入れが積み重なり、ごく安全に歩けるようになっている。

  谷底近くに降りついて急峻な部分が終わる所に山ノ神の祠があった。

  石畳が続いた。
大雨や出水で道が荒れないようにするための先人の工夫の産物だ。
草鞋で歩く分には申し分ないが、コケでぬめっていたり濡れていたりする時にラバーソールの靴で歩く場合は要注意だ。

  沢を渡って岸に上がったところに石柱の道標が立っていた。

  林道に変わった道を歩いてゆくと杉林の中に棚田跡の石垣がみえた。

  さらにもう少し歩いた所に花広場があった。
名が分らない綺麗な水生の花が咲いていた。(左下)

  花広場下手の車止め広場にあった公衆トイレに立ち寄ったあと、橋を渡って志古奥の集落に入った。

  赤羽川沿いを下って魚町から紀伊長島に抜けるショートカットが歩かれることが多いようだが、"落穂" を作らぬため右手に回って志子から下地へ、赤羽川谷を遡った。

  やや単調な内陸の道のウオーキングだったが、暫く歩いてゆくと人家が見えてきて、前山の集落の端に着いた。

  郵便局の前から集落の中に入ってゆく所にちょっとした広場があったので昼休みにしようかということになった。

  近くに食べ物屋があるかも知れないから聞いてみようと、ひとりが郵便局に行ってみたら、来あわせていたおばさんが出てきて、100m ほど先に店があると教えてくれた。

 行ってみると 一見普通の民家風だったが、戸を開けてみたら中に初老の夫婦いて一瞬、ビックリしたような顔をした。
"何か食べられますか?" と尋ねたら気を取り直したような顔付きになって、"ええ食べられますよ" という答えが返ってきた。 
  なかば諦めかかっていた暖かい食べ物にありつけたのが嬉しく、賑やかにお昼を食べ、食後のコーヒも淹れてもらって長い昼休みを楽しんだ。

  店から出て集落の後ろにある工場の脇から島地峠への登りに掛かったが、血液が消化器官の方に集中して足腰が重かった。

  15分ほどで切通しを過ぎて下りになった。
着実に下り坂を辿っていた空模様は、いつ降り出してもおかしくない状態になっていたが、峠の下りの途中で降り出し、赤羽口に折りつく頃には本降りになった。

  赤羽口の国道の向かい側は深い入り江で、それに面して造船所がある。
地蔵の祠の横手の車庫が空いていたお陰で雨宿りができた。
携帯電話で迎えの車を寄越してくれるよう宿に頼んだので、すぐに来てくれるだろうと、居合わせた犬と遊んでいたが一向に来ない。
携帯で催促してみたら、赤羽口が分らず他所に行ってしまったという返事に驚いたり呆れたり!
熊野古道入り口まで送迎します、とウエブに書いてあるのに、いったいどーした事か、と笑いながら待ち続けた。

  この日の夕食は少し趣向が変わってローストビーフが添えられていた。
朝の出発点だった大内山は畜産が盛んな所だから、そこの肉だったかも知れない。
前の夜と同じ様に女将さんが出てきて話し仲間に入り、賑やかな会食となった。
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☆おわりに
  天気が下降線を描いていたのが心配だったが、昼過ぎまで降らずにいてくれたのは幸いだった。
お蔭ででツヅラト峠の急峻な下りで難渋せずに済んだ。
この大下りを無事に消化できたことは先々への自信に繋がるに違いない、と思った。

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