鳥ノ胸山-大界木山、加入道-大室山
(1999.11.27-28)



☆期日/山行形式:
1999.11.27-28 民宿利用 1泊2日 単独

☆地形図(2万5千分1):
御正体山(甲府4号−1)、中川(東京16号−3)、
                                   大室山(東京15号−4)

☆まえがき

     十月の半ばに何十年振りかで丹沢に行った。
丹沢と言っても西北端の山伏峠から菰釣山を経て城ヶ尾峠までの北丹沢辺境部だ。
雲が多くて展望はもうひとつだったが、人が少なくて静かで、濶葉樹林が美しかった。
冬季にも割合に入り易い山域だから、今冬にまた出掛けて見たい。 そのためにも、秋のうちにもう少し歩いて一帯の地形を頭に入れて置きたいと思った。
今年の秋は五十年振りの暖かさだったとかで温暖な晴天日が多いが、昼の長さはめっきり短くなっている。 山の上では日が当たっていたのでのんびりしていたら谷間の林の中で日が暮れて真っ暗になってしまったという失敗をやらかしやすい時期だ。
 特に、交通の不便な北丹沢は日帰り前提では計画上の制約が多いから、道志の民宿を利用して一泊二日の行程にして時間的な余裕を確保することとした。
日曜日の朝の道志はバスの便が非常に悪いので入山は週日にしたい。 もう通勤はしていないのだから何曜日でもよいのだが、ひと通りの用事を片づける事にしたら土曜日に出掛ける回り合わせになった。 天気の方は大陸上空の寒波が張り出してきて冷え込むが晴天が続くという嬉しい予報が出た。
  行動計画のあらましは、横浜線橋本駅からの路線バスで三ヶ木、月夜野経由、道志の中山(705)へアプローチして鳥ノ胸山(1207.8)に登頂。 さらに雑木ノ頭(1145)、平指山(1146)、浦安峠(985)を経て北丹沢稜線に到達したあと大界木山(1246)に登頂。県境稜線を忘路峠(1130)、モロクボ沢の頭(1195)をへて、バンノ木ノ頭(1190)から道志側へ下降。 横浜市野外活動センター(900)、森のコテージ(700)、道志の湯(650)を経て和出(600)に下山して、竹之本の民宿みちしたに宿泊。
  二日目は、道志の湯(630)から北丹沢和出下降点(1360)に上がって加入道山(1418.4)に登頂。 前大室(1430)、pk1543を経て北丹沢の最高点、大室山(1587.6)に登頂。 北に向かう尾根を辿って大渡分岐点(?870)から道志の久保(470)に下山。 月夜野、三ヶ木、橋本経由で帰るというものだった。

旗雲の富士山
大室山へ登る途中で振り返ると富士山が旗雲を棚引かせていた


☆行動記録

11月27日
<タイムレコード>
: 宮崎台[5:29]=[5:47]長津田[5:49]=[6:09]橋本[6:23]=[6:54]三ヶ木[6:54]=[7:41]月夜野[8:08]=[ca8:40]中山(8:55)-林道終点(9:35)-鳥ノ胸山(10:30/45)-雑木の頭(11:15/20)-浦安峠(11:45/50)-大界木山(12:30/55)-忘路峠(13:10)-檜沢(13:45)-横浜市野外Ctr(14:00)-道志の湯(15:00)-和出(15:35)-(16:00)竹之本{民宿みちした}

  早朝の電車で出発。 橋本から三ヶ木へのバスでは前回道志のバスで見かけた夫婦と乗り合わせた。 月夜野からのバスはいつもの中学生達が乗って来ない。 ドライバーに聞いたら第四土曜日で学校は休みだと言う。 何人かの登山者は久保で降り、例の夫婦は大室指で降りて行った。 残った者はみな和出で降りて行き、その先はただ一人となった。 中山の道の駅の前で下車。 身仕度を整えて歩き出す。 晴れると言う天気予報が出ていたが、ほとんど曇り空といってよいくらい雲が多い。
 川を渡った所で出会ったオバサンにグリーンロッジへの道を聞く。 言われた橋の袂にあった道標に従って左手に入る。 ログハウスの間を通り過ぎ、村営の宿泊施設の下を進んで行くと杉林の中で車道が尽きる所に鳥ノ胸山の登山ルートを記した看板が立っていた。
 杉林の下の登山道をひと登りしていったん林道に出て尾根の背を回り込み、さらにひと登りすると赤松の大木が林立している尾根の上に出る。 暑いので上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げる。
 歩き出すとすぐに丸太の階段が始まる。 大きな露岩の右側を巻き登り、さらにひと登りした所にあと5分で頂上と記した道標が立っていたが実際には15分あまりの時間が掛かった。

鳥ノ胸山頂上  富士見台と言われている三角点ピークの肩で、麓の秋葉山への踏跡の分岐を過ぎ、やや下り気味に進んでひと登りで傾いた三角点標石のあるピークに着いた(10:30)。  三角点の脇で休憩し、再びザックを背負って行くと5分たらずで標柱の立つ広場に出た。 標柱には"山梨百名山 鳥ノ胸山"と記され、野外テーブルがある。
 長又の谷が縦観できる。 谷奥は山伏峠の鞍部で、その先に富士山がある筈なのだが、雲が多くて富士山どころかその右手にある御正体山さえ高い所が隠されている。
 頂上の裏側の桧林の中の下りはかなりの急傾斜だ。 足場の悪い所を下り切って雑木の頭への登りに掛かるとまわりが落葉樹林に変り、足場もしっかりして来る。 尾根は痩せていて所々に露岩が出ている。 ひと登りすると雑木の頭だ。 潅木に囲まれた狭苦しい小ピークで、キャンプ場に降りるルートが分岐している。
 こちらは大界木山に向かって尾根のトレースを続ける。 潅木の間を進むにつれ前方を横切る甲相国境稜線が次第に高くなってくる。 平指山の頂上は稜線の東に100m 程外れた所にある。
なだらかな室久保川谷  左へ起伏を繰り返しながら次第に高まって行く国境稜線に囲まれて室久保川の源流地帯が広がっている。 地形はなだらかで所々に白い岩肌が目立つ。 緩く下って横浜市水源林と記した標柱の立つコルの先から急降下すると浦安峠の林道に降り立った。
 尾根を深く掘り抜いた切り通しを車道が横切っている。 花崗岩地帯らしく一帯が白っぽい砂利に被われている。 車道の向かい側が崖になっていて、取り付きがちょっと分かり難かったが、30m ほど東に寄った所に道標が立っていて、丸太の梯子が掛けてあった。
大界木山頂上  梯子の上の急斜面を何度かジグザグして登って行くと漸く稜線の上に出る。 笹薮が深い。 尾根が痩せているので熊に出逢ったら逃げ場がない。 時々声を出しながら進んで行く。 足腰が痛み、息も切れて来た所で縦走路に出た。 道標の脇を左折するとブナ林の中の緩やかな登りになる。 右に曲がってほとんど平坦に進んで行くと大界木山の頂上で、細長い頂上の一番奥の方に道標が立っている。 かなりの薮山だが山深く人も少ない。 潅木の枝越しに畦ヶ丸山を望む場所にザックを下ろして休憩。
 小休止のあと出発し、小さい瘤を越しながら下って行った小さなコルが忘路峠で、横浜市野外活動センターへの下降路を示す道標が立っている。 思っていたより疲れたので今日はここから降りる事にした。
 ルートは複雑な地形の谷の中を巧みに下って行くが、降り積もっている落ち葉のせいで道筋が分かりにくい。 胃がむかついて気分が悪くなってしまいには吐き気までして来た。 さっき食べた後で薬を飲み忘れたのが悪かったかも知れない。 ペースを落としてソロソロ下って行く。 吐き気は次第に収まって来たが胸焼けは取れなかった。 胃の手術から満五年目と言う事で "卒業試験" を受けたが、内視鏡検査で胃の上の食道が爛れていると言われた。 時どき胃液が食道に逆流するためで、これが原因となって胸焼けが起こる。 降り立った檜沢の谷底には、バンノ木ノ頭から下って来る道と忘路峠からの道との合流点を示す看板が立っている。
 谷に沿って少し下った林の中に幾つかの小屋が立っている。 やがて杉林の中の丸い切り開きに出た。 キャンプファイヤー場らしく、広場のまん中に焚き火の石囲いがある。 間もなく横浜市野外活動センターの看板を掲げた大きな建物の前に出た。 今は戸締めになっているが、夏の間は毎年林間学校が開かれているらしい。 建物の前庭から斜めに上がった所を浦安峠からの林道が通っている。
 腹具合は持ち直して来たが、やや疲れ気味なのでゆっくり林道を歩いて行く。 道の下の谷は岩や砂が白くて美しい。 花崗岩の谷だからきっと美味しい水が流れているに違いない。 道志の水が良い事は世界的に有名で、給水した船が赤道を越しても腐らないと言われている。 幾つかの私設キャンプ場がある。 谷が開けて来た所には新しい別荘風の建物が集まっている。 その下の駐車場の入り口に "白岩峠加入道山" と記した道標が掲げてある。 もう一段下にある大きな駐車場は道志の湯のものだ。 シーズンには沢山の客が来るに違いない。 "道志の湯" はふたつの建屋に分かれていて、片方は宿泊施設、もう一方は日帰り入浴施設になっている様だ。
  対岸の園地で15分ほど休憩。 まだ胸やけがしていたので胃の薬を服み、ポリタンのレモンジュースを多めに飲んだら楽になった。 歩き出してすぐの所にある橋の手前の河原に漁師がいた。 足跡でも調べているらしく熱心に河原の砂地を見詰めている。 日が傾くとともに風が冷たくなって来たが、空の方は晴れて来た。 谷の出口に近付いた所から眺めると、道志川の向かい側の山肌の紅葉が夕日に照らされて鮮やかに輝いている。 正面の山の頂上に建物らしい物が見えるから菜畑山に違いない。
 右下の河原を若い鹿が走っている。 漁師に追われてここまで逃れて来た様だ。 もう少し進んだ所から見下ろすと、鹿のいた所から200m 程下手の橋の上に別の漁師がいた。 ここまで逃げてしまえば辺りに人家が散在しているから鉄砲で撃たれることはないだろう。 なかなか賢い子鹿だ。 こんなに大勢の漁師がいるのでは、こちらとしても熊よりむしろ鉄砲の方に気をつけねばなるまい。
 和出の集落に出たところから30分足らずで竹之本の民宿に着いた。


11月28日
<タイムレコード>
: 竹之本(7:50)-道志の湯(8:50/55)-分岐点(9:25/30)-小休止(10:10/15)-稜線(10:47/50)-加入道山(11:00/15)-大室山(12:50/13:40)-小休止(14:15/25)-久保入り口(15:00/15)-国道上(15:40/50)-(16:15)久保[16:35]=[16:48]月夜野[17:10]=[17:56]三ヶ木[18:15]=橋本=長津田=宮崎台

   家人が出掛けて行く物音で目が覚めた。 五時半にアラームを仕掛けて置いたのに六時を過ぎている。 あわてて飛び起きて、ガスストーブで湯を沸かしてテルモスに紅茶を詰め、コーヒーを淹れて飲む。 7時前から朝食。 何時もの習いでユックリ食休みをして7:50に出発。
 富士山の方からは時々千切れ雲が流れて来てはいるが、空は真っ青に晴れ渡っている。 道志川の右岸に沿った車道があったのでそれを進んで行って見たが10分余りで行き止まりになった。 しかたなく後戻りをして、昨日歩いた国道に戻る。 8:30に和出を通過。 橋を渡って室久保川の谷に入る。 タクシーが走って行った。 身体が温まって来た頃、道志の湯の上手にある駐車場の脇の登山道入り口に着く。 3台の車が停めてある。 さっきのタクシーで来たらしい中年女性二人組と、マイカーで来た三人の家族連れとが支度をしている。 取り付きの少し先の道端にザックを下ろし、上着を脱いで山支度を整える。 大気が澄んで最高の登山日和だ。
 道標の脇から登山道に入るとすぐに小沢を渡る。 尾根の末端を乗っ越すと、右下に湯花ノ沢を見下ろしながら緩やかに登って行くようになる。 闊葉樹が茂った美しい谷だ。 もう少し早く来れば紅葉が奇麗だったに違いない。 谷が狭まって来た所に東屋がある。 暖かい時期には泊り場としても使えそうなしっかりした造りだ。 女性二人組が休憩していたので声を掛ける。 富士急線の都留駅からのタクシー代が七千円だったと言う。 こちらの宿泊費と丁度同じだ。 ここで白石峠へ行くのと加入道山頂上の直下に行くのとルートが二分するが、前者は廃道になっている様で、危険につき進入禁止と記した看板が立っている(9:25/30)。
 加入道山の肩に行くルートは頂上から室久保川谷に伸びている大きな尾根を登っている。 笹薮が深かったり、水流で抉れた道が靴幅程しかなかったりで歩き難い所もあるが、登りの傾斜が緩くなる様巧みに道が付けられている。 尾根が狭まった所で杉の木が切られていて幾らか周囲の展望が得られたので小休止する。
 左上方に加入道山と思われるピークが高い。 さらにひと登りすると白い大岩に突き当たる。 昔大理石を採取していたと言うのはこの辺りかも知れない。 幾つかの大岩の下をトラバースして行くとヒョッコリ縦走路に飛び出す。

加入道山頂上  縦走路はこれまでのルートに比べたらハイウエイとでも言える位良く整備されている。 上の方から人声が聞こえて来て例の二人連れが降りて来た。 「あれっ、もう降りちゃうんですか?」と言うと、「私たち、これから畦ヶ丸の方に行くんですよ」と言う。 西丹沢の箒沢に下山すると山中のルートの長さはともかく、下山してから御殿場線の駅までが遠いからそれなりに急がなくてはならないのだろう。 この後から来た6、7人の老人パーティとすれ違ったが、この人達は道志に戻る様子だった。 間もなく加入道山の頂上に着く(11:00)。
 東西に細長い頂上は葉を落とした潅木に囲まれて明るい。 手前側のベンチはマイカーの家族連れと熟年二人男が占領していたので、少し先にある避難小屋への降り口の枯れ草原にザックを下ろす。
相模湾 箱根山方面の展望
 小屋の屋根越しに相模湾が見える。 海上に見えるのは大島の三原山と利島の宮塚山のようだ。 右手は箱根の山々と伊豆半島で、さらにその右手が愛鷹山だ。 昨日の失敗を繰り返さぬよう、チーズやクラッカーと一緒に林檎を食べる。 林檎には胃の働きを整える作用があるらしい。
加入道避難小屋内部  食休みがてら小屋の様子を見る。 駿河湾を見下ろす雛壇の上にあって展望が良い。 菰釣山のより一回り大きいが内部の造りはよく似ている。 この小屋も掃除が行き届いていて気持ちがよい。 棚の上には布団まで置いてある。 混雑さえしなければ快適な泊り場になるだろう。 11:15に出発。
前大室山のブナ林  見たところでは加入道から大室山までは距離も近くて簡単に行き着けそうな感じがするが、実際に歩いて見ると、前大室を越した所から破風口と呼ばれるキレットの底まで急降下し、そこから登り返さなくてはならないから、意外に骨が折れる。 歩き始めの前大室山の辺りは、道の両側にブナの大木が立ち並んでいてなかなか雰囲気が良い。 時折向こうから来る者とすれ違う。 奥まっているとは言え、この辺はもうポピュラーな丹沢の一角なのだ。 奥箒沢か神ノ川から犬越路に上がり、そこから大室山に登った後、加入道の先の白石峠から西丹沢へ下山する者が多いようだ。
 最低鞍部からひと登りした所で上から来た男がカメラを構えるのを見た。 振り返ってみると大展望が広がっている。 ザックを下ろし、デジカメと645版カメラの両方で旗雲を引いている富士山の写真を撮る。 上空では季節風が強い様だ(11:45/50)。
 笹原の上に抜けると尾根の幅が広くなる。 傾斜は強いが丸太の階段が整備されていて足場は良い。 標高差で150m も登れば傾斜が緩むのだからと高を括っていたのだが、なかなか登り切れない。 昨日の疲れは大したことないのにペースが上がらないのは歳のせいか?
 まだかまだかと言う感じで45分ほども登り続けていると漸く傾斜が緩んだ。 肩のピークから犬越路への分岐点にかけての平坦な尾根の潅木の間では、大勢の人達がお昼を食べている。 頂稜の一番奥に三角点があってその手前に木製テーブルが据えてあった。
 テーブルでは何組かが休んでいるので奥手に立っている指導標の足元にザックを下ろす。 近くには幾つかの道標があって、それぞれ神ノ川ヒュッテ、道志大渡、道志大室指への入口を示している。 景色を見ながら汗を拭いているうちにテーブルが空いたのでそちらに移動する。 日が上がるとともに気温が上昇して暖かくなった。 雲も風もほとんどなく、今時分としては最高の天気だ。 正面は谷を隔てて奥道志の連峰だ。 後を振り向くと桧洞丸と蛭ヶ岳が並んでいる。 両方とも樹木に被われてモッソリしたピークだが、山深い感じを漂わせている。
 この山行の計画を立て始めた時には神ノ川に下る考えだったが、念のために道志村の役場に問い合わせたてみたら、道志へのルートも定期的に伐り払いをしていると言う話だったのでそちらに下ってみることにした。 道志の久保まで二時間半も見ておけばよいだろうという事だったから、4時半のバスに乗るのだとすればもう暫くの間ユックリしていられる。 まわりの景色をノンビリ見回しながら林檎の残りとチーズ、クラッカーなどを食べていると、まわりに居た人達は次々に降りて行き、終いには誰もいなくなった。 暫くの間頂上広場を独り占めしていたが、やがて加入道の方から五十男が登って来た。 今朝、藤野からバスで入山し、道志の湯から登って来たと言う。 二人で駄弁っている所へ、大室指の方から中年の大男が登ってきた。 尋ねてみると雨乞岩ルートを登って来たと言うのでルートの様子を詳しく聞く。 落ち葉で覆われてはいるがコースサインがあって特に迷うこともなく登って来られたと言う。
 久保に降りるためには大男が登って来たのよりひとつ右の尾根を下らなければならないのだが、道標の方向が紛らわしくて入り口が判然としない。 これだと思って下り始めたルートはどうも方向が変で、鐘撞山への尾根ルートのようだ。 頂上広場まで戻って確認する。 その右側のルートは神ノ川ヒュッテまで2時間と記したブルーの藤野山岳会の指導標が入り口に立ち、それと同じ色の杭が道に沿って並んでいる。 大男が降りて行った踏跡から右に分岐して行けば久保に下れるのではないかと思ってそちらに踏み込んだ。 最悪のケースでも大男と同じルートになって大室指に下れる筈だ。 頂上のすぐ下はブナや楢の林に被われた幅広の尾根で、とても気分が良いが厚く降り積もった落ち葉のためにルートの判別が難しい。 切れ切れの踏跡を迷い迷い拾って行くと右下の窪地で男がウロウロしているのを見付けた。 大声で「ルートはこっちですよーぅ」と知らせたらこちらに上がって来た。 登りに比べて下りのルートファインディングは難しい。 暫く迷い迷い下って行った所で雨乞岩に行き当たってルートの確認が出来た。 この後も所々にルートの分かりにくい所があったが、古くから開かれた信仰登山の道らしく、巧みなコース取りがしてあり、やがて丸太の階段や木製の休憩台が所々に出て来るようになった。 通る人は少いようでいずれも朽ちかけたり苔むしている。 尾根の中ほどまで下ると傾斜は強まるが道形の方は明瞭になった。
 正面の道志のスカイラインが高くなった。 さらにひと下りで杉林に入ると、短いが非常に急な下りがあってその下で右下の沢の荒れたゴーロに降り立った。 足場の不安定なゴーロを暫く下ったあと右岸の杉林に入ると間もなく傾斜が緩んで楽になる。 左手の沢から水の音が聞こえて来るようになれば谷底の集落が近い。
紅葉の巌道峠  間もなく下の方から車の音が聞こえて来るようになった。 簡易水道の水源設備を見るとすぐに車道に出る。 この水源は水量の余裕があるようで、何ヶ所にもオーバーフローが設けてある。 杉林を出ると一面のススキの穂の上に厳道峠とその周辺の山が見渡せる。 すぐ下が大室指の集落だ。 部落の上の墓地の中を漁師が歩いていた。 今日も夕日に照らされた山肌の紅葉が美しい。
 週末のドライブから帰る車がひっきりなしに走っている国道を見下ろす坂道の途中にザックを下ろして山支度を解く。
 国道への出口には大室山への登路を示す指導標とバス停のポストが立っている。 時刻表で月夜野行きのバスの時刻を確認する。 4時半過ぎだからまだ大分時間があるので久保まで歩く事にした。
 久保のバス停の前にには釣り宿を兼ねた雑貨屋がある。
何か土産にできる物はないか、店の中に入って見たその様な物はなさそうだ。 定刻より五分ほど遅れてやってきたバスには二十人近い登山者が乗っていた。  その中に大室山の頂上で別れた男がいた。 こちらを振り返ってニッコリしたので「お湯に入りましたか?」と聞くと「ええ良い湯でした」と言う答えだ。 ほかのものは皆疲れ切った様子で眠り込んでいる。 ここから月夜野は近く、ひと走りだった。
 神奈中バスはまず17:05に藤野行きが、その5分後に三ヶ木行きが発車する。 今の時期、この時間になると外は真っ暗だ。 神奈中のバスは赤字対策のため、前の座席ひとつを取り払って商品台にし、スナック菓子の類いを売る様になった。 食べ盛りの高校生など、良い客になるだろう。 三ヶ木で18:15の橋本行きに乗り継ぎ、八時前に帰宅した。