南蔵王、刈田峠-杉ノ峰-塀風岳-不忘山(2008.8.2)


☆地形図(2万5千分1): 蔵王山(仙台12号-1)、不忘山(仙台12号-2)、遠刈田(仙台8号-3)、
                                   白石(仙台8号-4)

☆まえがき
    蔵王山の資料を見ていたら北蔵王と南蔵王と、ふたつの縦走ルートが紹介されているのが見つかった。
北蔵王の方はアプローチと行程にやや難があって、ある程度の準備と工夫が必要と思ったが、南蔵王の方は半日強のミニ版縦走ルートで、下山後に白石蔵王駅に出る足も得やすいことが分かった。
泊まり場も蔵王中腹の坊平に良い所が見つかったので、まずそちらを歩いてみることにした。

芝草平の向こう側に横たわる塀風岳    
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☆行動記録とルートの状況
<タイム記録>

    坊平[6:10]=(宿の送迎車)=[6:30]南蔵王縦走路入口(6:40)-前山(7:25)-杉ヶ峰(7:52/55)-烏帽子岳分岐(8:50)-屏風岳(9:15/20)-南屏風岳(9:55/10:00)-不忘山(10:40/11:05)-弘法清水(11:50/12:00)-白石女高小屋跡(12:53/13:00)-(13:20)みやぎ蔵王白石スキー場=(Taxi)=白石薬師の湯=白石蔵王駅[15:59]=(Maxヤマビコ#120)=[17:56]東京=大手町=宮崎台

◆早朝、宿の車に送って貰って、蔵王エコーラインの縦走路入口に着いた。

  ルート入口の脇に地図と概況を記した看板が立っていた。
少し先にある車止めには数台の車が停まっていて、すでに何人かがルートに入っていることを示していた。

  熊笹の間を下って行くとすぐ、木道になった。
雪融け時の泥濘対策か、と思った。

  ひと下りしたところに刈田峠避難小屋への入口を示す道標があった。




  最低鞍部を過ぎると徐々に登りになった。
暫く登って前山が近くなった所で振り返ると正面に刈田岳の膨大なピラミッドが立っていた。
刈田岳    (画像クリックすると拡大)

  前山までが今日一番の大登りと言うことになる。
頂上は藪っぽく狭い場所だったがここまで来れば一段落。
道端にザックを下ろしてひと息入れた。

  前山の次ぎは杉ノ峰。
行く手にモッコリ盛り上がっていたが登りは見かけよりずっと穏やかだった。

  緩やかな登りが終わると道標と三角点標柱のある広い切り開きに着いた。
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  杉ノ峰から下って行くと芝草平が見えてきた。
規模はやや小さいが山上の台地に池塘が散在している様は秋田駒の裏手にある千沼ヶ原と似ていた。
キンコウカが花盛りで、あたりを黄色に染めていた。
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  原の中ほどへ通じている木道があった。
地形の影響で湿った風が集まるようで、時雨模様になっていたが分岐点の野外ベンチにザックを置いて奥に進んでみた。
木道の右手の湿原が一面黄色い花絨毯になっていた。

  次ぎの塀風岳は1825m で、このルートの最高点だ。
芝草平からの登りは緩やかで、思ったより楽だった。

  アオモリトドマツの間の穏やかな登りを進んで行くと、南八幡平のどこかを彷徨っているかのような気分になった。

  塀風岳の稜線の裏側の地形はかなり急峻で、深い谷になっている。
尾根筋に近付くと谷の向かい側に烏帽子岳が見えた。  

  間もなく烏帽子岳への分岐に着いた。
分岐を左に入ると途中でいく通りかに分かれるが、いずれも遠刈田温泉に通じている。


  分岐点を直進するとすぐに塀風岳の頂稜に上がり、僅かで三角点標石のある塀風岳の頂上広場に着いた。(左下)
  このあたりがルートのほぼ中間点になる。
かなり順調に歩いてきて、時間的な余裕があったので、広場の縁のベンチに腰を下ろし、大休止をした。

  ノンビリ休んでいる所に中年3人組が来た。
仲間同士で話している言葉から地元勢のようだった。
3人が行ったあと暫く経ち、ソロソロ歩き出そうとしていた所へ熟年単独者が来た。
こちらには挨拶しただけで分かれた。

  わずか進むと、南塀風岳から不忘山への稜線が見えてきた。
不忘山付近は小刻みの凹凸があって岩尾根になっているように見えた。

(画像をクリックすると拡大)

  ときどきは左側の急斜面の縁に出たがあらかたは右斜面の平らな潅木林の中を歩いて南塀風岳に向かった。
地形的に風が集まるようで、アオモリトドマツの枝が偏っていた。

  わずか進んだ所に水引入道ルートの分岐があった。
白石スキー場へはこちらが直行ルートのようだったが見送って直進した。


  南塀風岳から先は一転して地形が厳しくなった。
長い鎖場を下って尾根に乗ると、その先の尾根もザレ場や露岩の痩せ尾根が断続した。


  尾根が細まるとそれに合わせて花もルート沿いに集まってきたような感じとなり、色とりどりの花が入れ替わり立ち返り。
めぐるましいほどだった。

  後ろを振り返ると塀風岳が綺麗な双耳峰に見えていた。

  行く手の頂上に人影が見えてきた。
時々人とすれ違うようにもなった。
刈田峠の駐車場に置いてあった車の人達が帰りはじめているようだった。


  不忘山への登りの最後の部分は痩せた岩尾根になっていた。
よじ登って着いた頂上広場はると大石が積み重なった南下がりの斜面だった。


  この山はもともと、信仰登山の対象だったようで、小さいながら立派な鳥居を持つ石祠があった。

  南下がりの斜面には意外に多くの人が休んでいた。
白石スキー場まで車で入って往復する人たちも多いように思った。

  頂上の南面をひと下りして尾根の上部に乗った所に大石が二つ並んでいた。

  大石の一方に青銅の碑板が嵌めこまれていた。
不忘の碑と呼ばれ、前大戦が終わる年の3月、この付近に米軍の B29 爆撃機が墜落し、34名の搭乗員が亡くなったのを悼む言葉が記されていた。

  白石女子高小屋跡への下降路は、不忘の碑の下から左に折り返すように分岐している。

  暫く山腹を斜降したあとガレ場から右下の浅い沢溝に入った。
ルートはよく整備されていたが、足場はやや悪かった。
宿の車の中にストックを置き忘れて来なければ良かったのにと思った。

  かなり下っても潅木帯が続き、晴れてきた空から降り注ぐ日差しが暑かった。


  日に焼かれてジリジリして来た頃弘法清水に着いた。
小さなガレ場から水が流れ出しているが、水量はごく少なく、ほとんど溜まり水のような状態になっていた。

  弘法清水を過ぎるとまわりの樹高が高くなり、涼しい木陰の道が続くようになった。
林の隙間から頂稜が見え、不忘の碑の大石をそれと見分けることができた。

  さらに下り続けて高原状の緩傾斜地に出た。
明るく気持ちのよい所だが日差しが強く暑いのには参った。

  ようやく、白石女子高小屋跡に下りついた。
小屋は跡形もなかったが樹木に囲まれた敷地の広さから、かなり大きな小屋だったのか、と想像した。

  広場出口の木陰が風通しが良く、涼しかったのでザックを下ろして、暫く休んだ。

  女子高小屋跡から左手に車道を歩いて行くと間もなくスキー場の草原に出た。
ヤマユリやシシウドの花が咲く草原の先に烏帽子岳あたりと思われる山が見えていた。


  スキー場出口の手前に無料休憩所があった。
近くに引き水もあって良い泊まり場になりそうだった。
利用するときは事前に連絡するよう掲示があった。
  携帯電話で呼んだタクシーで白石駅に向かったが、手前にある薬師の湯に立ち寄って汗を流すことにした。
食事もしたいと思っていたが、広間と食堂が臨時休業だったので、早々にタクシーを呼んで駅に向かった。

  人口僅か3万人の小さな町にある東北新幹線白石蔵王駅には名物のにゅー麺のスタンドがあるだけだった。
短く切り揃えたソーメンのような麺の素朴な味は山歩きで疲れた胃袋に優しかった。
  不忘山からの下山には少し時間が掛かったが、それまではかなり良い調子で歩け、用意していた指定券より2時間近くも早い新幹線列車で帰れることになった。
土曜日だったが時間が早かったため空いていてノンビリ旅をして家に帰った。
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☆おわりに
      ミニ版山旅の3日目は、朝のうち雲が多く、一時は時雨模様になったほどだったが、昼に向かって天気が良くなった。
ルート中ほどの芝草平のキンコウカをはじめ、ルート沿いに花が非常に多く、豪華な花見を楽しんだ。

  GPSは、電池が切れたのか、何かで電源ボタンが押されたのか、歩いている途中で電源が切れ、トラックの記録が途中までしか取れなかった。