伊勢路T-2、田丸-女鬼峠-栃本-川添(2008.5.9)



☆地形図(2万5千分1): 伊勢(伊勢6号-1)、国束山(伊勢6号-3)、横野(伊勢10号-1)

☆タイム記録
    ホテル(7:45)-伊勢市駅[7:51]=(JR線)=[8:02]田丸(8:05)-田丸城址(8:25/8:40)-原宿(10:00/10)-永昌寺(10:15/20)-女鬼峠入口(10:40)-女鬼峠(10:55/11:10)-相鹿瀬公民館(11:35/12:15)-柳原(12:45)-栃原 五郎寿司(13:30/14:25)-神瀬の多種神嗣(15:00)-茶畑で道迷い(15:20/40)-国道で送迎車に遭遇(15:50)=(送迎車)=(16:20)奥伊勢フォレストピア{泊}


田丸城跡の展望  
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◇朝は前日に引き続き蒸し暑かった。

  田丸駅からの歩き継ぎに先立って町外れの高台の上にある田丸城址に立ち寄ってみることになった。
南北朝時代の南朝方の拠点として北畠親房、北畠顕信が築いたのが始まりと言う。

  町役場の裏手から玉城中学校の横手を回りこんでゆくと富士見門があった。
門の脇の山道をわずか登ると広場の奥に本丸の石垣が見えてきた。
石垣の上からは南から西への視界が開け、行く手に広がる伊勢平野が一望だった。(上のパノラマ)


  城址南側に下って水濠を渡り、JR線のガードを潜って伊勢路ルートに戻った。
外城田(トキタ)川の氾濫原を利用した田の中から坂を登ると野篠の集落で、そこからしばらくは高台の上を歩く。
泥濘になり難い所を選んで歩くのは猿田彦神社付近の道筋と同様じで、昔の人の知恵を示している。

  台地の上に柿の木畑が広がっていた。
規模がとても大きく、全国スケールの大産地のように思った。

野中のバス停は栄昌寺の大日堂前にあった。

  野中は伊勢路歩き最初の山越えとなる女鬼峠への入口だ。

  集落を通り抜けて後の山の鼻を回り込むと前方に女鬼峠の山並みが見えたきた。
宮川谷と伊勢平野とを区切る山並のウイークポイントにあたる鞍部だ。
至って低く、難なく越して行けそうだと思った。

  谷奥にある成川集落の裏手で栃ヶ池の堰堤の下を通り、伊勢自動車道の下を潜ると女鬼峠入口を示す道標が立っていた。

  谷間の竹藪から杉林の中へ、緩やかに続いている道をひと登りで峠に着いた。
狭くて風通しも悪いむさくるしい峠だったが今回初めての峠登りは全員楽勝となった。

  北越雪譜の鈴木牧之のモニュメントがあって、
"ちぎれちぎれ 雲居に雁の名残りかな"
"熊野路の春や淋しき人通り"
の二句が記されていた。


  峠からひとくだりで貯水池堰堤に下り、さらにわずかで舗装路に出た。
出口の角にルートマップを描いた大きな看板が立っていた。

  道路を渡ってわずか右手に行った角を左に、相鹿瀬(オウカセ)集落の中を通ってゆくと広い前庭を持つ公民館があった。

  田丸からかなり歩いているので広場の隅の園地でティータイムをすることにした。
いつものことながら抹茶セットを担いできてくれるK氏のサービス精神には感謝感心だ。

  こちらもコーヒサービスの用意をしていったが少々手抜きで水までは担でいなかった。
公民館の玄関先にある蛇口から給水できたので助かった。

  事前の調査でここから1時間あまりの栃原まで行かないと食べ物屋はなさそうなことが分かっていた。

  いくらかは腹つなぎの足しになるお茶菓子を食べながら休憩したあと先に進んだ。

  歩き出すと間もなく、宮川の流れが見えた。
昨日渡会橋を渡って以来の再会だ。
まだ幅が広いが歩いているところとの高度差が広がり、かなり谷川っぽくなっている。



  作り酒屋のある柳原付近に寺小屋跡の建物があった。
こんな片田舎にも昔から "学校" があったと言うのは凄い!


  柳原には昼食のサインを出している家があったので入りかかったが、どうも雰囲気が気に食わないので引き返し先に進んだ。

新田集落一帯は茶の産地で、製茶業の家が並んでいた。
出会った土地の人に尋ねたずね進み、大分腹を空かせて栃原に着いた。

  うなぎ屋か、すし屋か、少々迷ったが "営業中" のサインが見えていて、行ってみたら休みだったというリスクがない寿司屋に行くことになった。

  これは正解で、とても美味しい地物のお茶で喉を潤し、至極真っ当で、ボリュームもある寿司で腹を満たすことができた。


  栃本までくれば今日の終点 川添までは約6Km。
1時間半も見ておけば楽勝と計算し、宿に送迎車の時間を連絡した。

  線路を渡って岡田屋旅館の前を過ぎ、山間の線路沿いを歩いて神瀬の集落に入った。
ここには皇大神宮、津島天王、山之神、庚申様をひとつ屋根の下に祭る多神祭嗣があった。

  ここまでくれば残りは2Km あまり。 何も問題なく目的地に到達できると思ったのだが意外に落とし穴が多かった。



  左下に降りてゆくべきところを直進して製茶工場の先まで行った所から逆戻りしたのが始まりだった。
最後は茶畑の中を行ったり来たりしているうちに迎え車の時間が迫ってギブアップとなり、紀勢本線の線路を渡って国道に出た。

  幸運だったのは、国道に出たばかりの所を偶然宿の迎え車が通りかかったことだった。

  車に拾われたあとは30分ほど座っているだけで宿に着き、車の楽さを実感した。

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  この夜の宿はもとの宮川村の本村対岸の谷間に入ったところにある奥伊勢フォレストピア。
大峰山脈に魅了されるきっかけとなった山上ヶ岳・大杉谷山行の下山の途中に通って覚えがあった施設だったがとても快適な泊り場だった。
特に食事が豪勢で、こんな山奥には相応しくない、と思うほど洒落たフルコースの西洋料理だった。

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