北八ヶ岳スキー、しらびそ小屋-天狗岳-渋温泉 [2004.4.8-10]


☆期日/山行形式:
山小屋利用2泊3日 単独
☆地形図(2万5千分1): 松原湖(長野12号-2)、蓼科(長野12号-4)
☆まえがき
    異常に暖かい冬が終わった。
厳冬期に行く山の高さが一段と低くなったのと、関東南部の山には殆ど雪が降らなかったせいとで、雪山を歩かないうちに桜の季節になってしまった。
雪山歩きを楽しめるのはこのあと何シーズンか?
両手の指が余る程度だと覚悟せねばなるまい。
このまま山の雪が消えてゆくのを見過ごしてしまっては勿体なさすぎる。

  ウン十年振りに "北の乗鞍岳" あたりに行ってみようかと思ったが、栂池あたりまですっかりスキー場化しているから行っても幻滅するだけかも、という気がしないでもない。
代わりに、北八ヶ岳ミドリ池のしらびそ小屋に行って見ることにした。
ここなら、昔ながらの山の雰囲気が残っているし、場所的にも手近だ。

  北八ヶ岳の、黒百合平、中山峠、ニュウ、白駒池、雨池から大河原峠、天祥寺平あたりまでの範囲は、無雪期、積雪期を問わず、何度も歩いている領域だが、中山峠の東側のしらびそ小屋付近は、一、二度小屋の玄関先を素通りした事があるだけで、捗々しく遊んだ事がない。
しらびそ小屋は、林間の静かな佇まいと管理人の人柄で、以前から良い評判を聞いていて、かねてより泊まってみたいと思っていた。

  地形図を見る限りでは、小屋のまわり一帯の地形は、スキーに向いているように思われる。
電話で様子を尋ねてみると、時々スキーを持った客も泊まっているが今年は寡雪のため林道の雪が消えてしまい、もうスキーでは歩けなくなっていると言う。
  骨を折って長物を担ぎ上げても使う局面がなければ頭に来る。 ワカンの代わりあるいは、滑れるスノーシューと割り切ってショートスキーを持って行くことにした。
 

東天狗岳から南への展望。 硫黄岳、赤岳、阿弥陀岳が並び立っている先の方に、鳳凰三山、北岳、甲斐駒ヶ岳と仙丈岳
  行動計画のあらましは、1日目に松原湖から稲子湯まで、小屋の送迎車で運んでもらってしらびそ小屋(2030)に入り、時間と元気と雪があったら本沢温泉(2100)方面へスキー練習に出かける。
2日目は、しらびそ小屋(2030)から中山峠(2420)を経て東天狗(2640)、西天狗(2645.8)に登頂。 稜線(2545)から本沢温泉(2100)に下り、しらびそ小屋に戻って連泊。
3日目は、しらびそ小屋(2030)から中山峠(2420)を越し、黒百合ヒュッテ(2395)、唐沢鉱泉分岐(2200)、パノラマコース分岐(2130)、渋の湯分岐(1960)、八方台(1858.1)を経て渋辰野館(1675)へ下山。 バスで茅野駅に出て帰る、と言うものだった。

  しかし、久し振りの北八ヶ岳だったのに事前の調べが不足だったため、本沢温泉から根石岳北側に上がるルートは、"実線登山道" ではあっても、積雪期には通れなくなること、一帯ではスキールートの整備は行なわれていなくて、積雪期用コースサインもないことまではシッカリ把握できないままに出掛けることとなり、好天に恵まれたにも関わらず、計画とはかなり違う歩き方をせざるを得なかった。

  幸い、3日続きの好天に恵まれたお蔭で、最終日に天狗岳に登り、久し振りに壮大な雪山展望を楽しんで帰る事ができたが、スキーは引いて歩くばかりで、ほとんど使わずに終わった。

☆行動記録
4月8日
<タイムレコード>
    宮崎台[6:38]=長津田=八王子[7:39]=[7:46]高尾[8:02]=[9:43]甲府[9:49]=[10:27]小淵沢[10:36]=[11:40]松原湖=[しらびそ小屋の送迎車]=稲子湯(12:00/10)-(14:20)しらびそ小屋

  最初の計画ではリエックススキー場までバスで入り、しらびそ小屋まで林道と山道を歩く積りだったが、電話で宿泊予約をしたら、11時40分に松原湖駅に来てくれれば車で送迎するという。
  その時間なら中央線の普通列車でも到達できて、新幹線特急料金が要らないし、幾らか朝寝もできるのでありがたく送迎をお願いした。

  芽萌きの黄緑が美しい高尾山の山肌をみて小仏トンネルに入り、そこを通り抜けて桂川谷に入ると、季節の時計が少し戻っているのがはっきり分かる。  大月を過ぎて笹子のトンネルを抜け、甲府盆地に入ってゆくとお馴染みの山岳展望が広がって来る。
勝沼付近では桃と桜が満開だった。
  お年のせいで山登りの代わりに諏訪の御柱を見に行くというお婆さんが向かい側の席に来た。
いろいろ "尋問" され、松原湖から入って小屋に二泊する予定だと言うと、即座にミドリ池でしょうと来る。
まだ大分、山にご執心の様子だった。
小海線は空いていた。
大部分は旅行者で、ザックを持っていたのは列車全体で二、三人だった。
Snowy forest road
  松原湖駅には小屋主の今井さんの奥さんが迎えに来て、稲子湯まで送ってくれた。
若々しく見えるのはこちらの年のせいか?
  稲子湯の前で簡単に荷物を纏め、ショートスキーをザックの両脇に取り付けて歩き出したのはほぼ正午だった。
  このスキーは短くて、道の両側の木の枝などに引っ掛からないのはよいのだが、その割には重い。
  登山道は古い雪が凍結しているのでスリップしないよう気を着けて進む。
  まわりが次第に雪景色になって来た。
2、3日前、松原湖付近で10cm ほどの雪が降ったということだが、高い所では、それがまだ木の枝に留まっていて、春の陽に輝いている。
Ioudake covered by snow
  申し分ない好天だが上空は風が強いようで上昇気流で出来た雲の流れが速い。

  周りが開けた所からは、尾根の上に頭を出している硫黄岳の真っ白な姿が見えた。
今時は年中でもっとも山の雪が深くなる時期だ。

  久し振りの雪道で距離感が掴めなかったため、はかばかしい休憩もせずに小屋まで歩き続けてしまったが、最後の3、40分は疲れが溜まってきて、まだかまだかと言う感じになった。
Shirabiso Koya
  古いトロッコのレールが残っているジグザグ道から左手の斜面に移り、やや急になった所を登って行くと若い男に出遭った。
ひと言ふた言で、これから山を降りる小屋の後継ぎ息子さんだと分かった。
  登りはすぐに終わって平らになった。 林の中を緩やかに下ってゆくと小屋が見えてきた。
暫く来なかった間に新しい建物ができていてオヤオヤと思ったが古い方も健在で、まだ母屋として使われていた。
  管理人以外だれもいないかと思って来たが玄関脇で中年男が小鳥にカメラを向けていた。
Higasitenngu over frozen Midoriike pond
  小屋の中には、連れ合いの女性がいて夫婦で来ている事が分かった。

  久し振りの雪道を、中型ザックとショートスキーを背負って2時間あまり歩き、少々疲れたので、腹拵えと休憩が終わったあとも山には行かず、夕方まで小屋の内外をブラブラして過ごした。

  凍結したミドリ池の向こう側の樹林の上に東天狗岳が見えている。
  東西ふたつのピークが並び立つ天狗岳は、縦走路から眺めると、可愛らしいと表現できる、形の整ったこじんまりした山だが、こちらから見ると火口壁の断崖を廻らせ、荒々しく迫力のある姿をしている(上)。
この日、あとから来る客はなく、千葉の銀行員夫婦と3人だけとなった。
定評のある美味しい食事を、オーナーの今井さんも加わって食べたあと、暫く雑談をする。

  今井さんは四国四十八箇所巡りから帰ったばかりだと言う。
徒歩で全部をまわる積りで仲間と一緒に出かけたのだが、初日に足を痛めたのが祟って疲れが溜まり、風邪気味にもなったため、10日目でリタイアしたのだそうだ。
今は殆どの人がバスツアーで回るようになっていて徒歩で周る道が分かり難くなっているのだそうだ。
人によっては実際に札所巡りをする代わりに金でお札を買う者さえいるのだと聞き、一体どう言う事なのかと、驚き呆れた。

4月9日
<タイムレコード>

    しらびそ小屋(8:00)-本沢温泉(9:50/10:10)-御座山展望点(10:20/30)-林道からの分岐()10:55-林間の小広場(11:30/45)-(12:40)しらびそ小屋

  明け方近く、風が林を吹き抜ける音がしたが奇麗に晴れ上がった朝になった。
玄関脇の温度計は零下6度だったがあまり寒さは感じない。
"硫黄" か "天狗" か、7時からの朝食の間も迷っていた千葉の夫婦は、奥さんの言い分が通って天狗岳へ行くことになった。
こちらも同じ天狗岳だが周回ルートを歩く計画だ。
ただ、稜線と本沢温泉との間の状態が不明なので行程を裏返し、本沢温泉から登って天狗岳を越し、中山峠から降りてくることにした。

Snowy trail
  8時に出発。
何時ものように細いロープでスキーを引いて行く。

  林間に入ってひと歩きした所に分岐点がある。
左手に分かれている本沢温泉へのルートだが、最近歩いた者がいないようで処女雪の雪溝になっている。
  まわりの樹木が枝にたっぷり雪を乗せて春の陽に輝き、気分の良いスノーウオーキングになった。

  雪は締まっていてスキーを履きたくなるような状態ではないが僅かながら表面を覆っている新雪が邪魔してピッチが上がらない。 
 
Honzawaonnsen Spa
  無雪期標準タイムの2倍近く掛かってようやく本沢温泉に着いた。 ここは日本一高い露天風呂で有名だ。
このペースでは、天狗岳越しはちょっと難しいなぁ、と考えながら立ち止まったら前庭で除雪作業をしていた若者に客引きをされた。
  入浴は断り、稜線へ上がるルートの様子を尋ねたら、奥から出てきた主人が「今時、全然ダメだよ」、と怒鳴るような言い方で止められた。
Mt. Ogawayama
  せめてルート入口の様子だけでもと先に進む。
露天風呂入口までは踏跡があったがその先はかなり以前に通ったかすかなトレースがあるだけだった。

  根石岳と天狗岳の中間に上がるルートは、入口さえ分からない。
これではダメだと諦め、御座山(左)が見える所で立ち止まる。
大島亮吉が佐久の揺籃と形容した山だが、岩稜の頂上からの展望の素晴らしい、良い山だった。

  小休止のあと反転、来た道を通ってしらびそ小屋に戻った。

  しらびそ小屋に帰り着いたのは午後1時にもなっていない早い時間で、有り余るほどの暇ができた。
小屋の書棚を物色すると、最近話題になっている、岩崎元郎の "登山不適格者" という新書判を見つけた。
  ちょっと拾い読みをしてみるとなかなか面白そうだ。 次第に引き込まれたので、コタツに入って本式に読み続け、最後まで読み通してしまった。
  最近の中高年登山ブームで色んな人が山に来るようになり、驚いたり呆れたりする事が多くなっているが、その種のことのさまざまが記されていて共感したがその一方では、長年山をやっていてマンネリ化、不感症になっていた事にも色々気付かされ、反省もした。

  もうすぐ本が終りそうとなった所へ千葉の夫婦が帰ってきた。
「どうでした?」と聞くと、雪尾根で風が強くて怖かったと言う話から始まって、始めて見た雪庇の様子、頂上からの大展望、中山峠直下の雪の急斜面でスリップして怖かった事など、次から次へと興奮気味に話してくれた。
色々話を聞いているうちに、この夫婦はもともと神戸の人達で、仕事で千葉に転勤していたのがまた戻る事になり、その直前の記念山行で来ていたという事。 まともな雪山に登ったのは初めてだったという事などが分かった。
  最高の好天に恵まれて、有数の展望がある天狗岳に登頂できたことを、一生の思い出になりますね、と祝った。


  夕方近く大きなザックを担いだ若い娘さんが登ってきた。
体格の良い元気そうな子で、川越に住んでいると言う。
山を始めて2年目か3年目で、去年の夏は薬師から三俣蓮華へ縦走して楽しかったなど、山の面白さにのめりこんでいる様子が窺われ、半世紀近くも昔のことを、懐かしく思い出した。


4月10日
<タイムレコード>
    しらびそ小屋(7:55)-R(8:45/50)-アイゼン装着(9:15/25)-中山峠(9:50)-黒百合ヒュッテ(10:00/20)-東天狗岳(11:25/45)-黒百合ヒュッテ(12:30/55)-唐沢鉱泉分岐(13:20)-パノラマコース分岐(13:40/14:00)-(14:20)渋の湯辰野館[14:55+5 \1100]=[15:52-2]茅野駅[15:55 ハマカイジ\2940+1780]=[18:14]町田[18:18]=[18:24]長津田[18:29 \210]=[18:51]宮崎台

  最終日になった。 天気は昨日よりさらに良くなっている。
朝食をしている時、中年男二人組が下から上がってきて玄関先を通り過ぎていった。
娘さんも天狗岳へ登ると言って、朝食のあと間もなく出て行った。
こちらはパッキングで幾らか余計に時間が掛かったがそれが済んだ所で、「また来ます」と、今井さんに礼を言って出発。
2日の間、山歩きの方は思うようにできなかったが心身が休まって良い泊まりだった。
Nakayama Touge
  持ち込んだ荷物全部とスキーを運ばなければならないのが辛い所だが、中山峠に程よい時間に上がれてコンディションも良ければ、天狗岳に登って帰ろうという心積もりだ。
  ルートの雪の状態は昨日と同じだが、大勢に踏み固められていて歩きやすく、無雪期と同じピッチで歩けた。
峠に近づき、傾斜が強まった所で六本爪軽アイゼンを履く。
  千葉のご主人がスリップしたのはこの辺りだったのかなぁ、と思いながら雪の急斜面を登り上げ、小尾根の露岩を乗越すと中山峠の道標が立っていた(左)。
Kuroyuri Huette
  黒百合ヒュッテの方から来て天狗岳の方に行くルートはよく踏まれているが高見石、ニュウ方面へのトレースは殆どない。
  標準タイムより短い時間で峠に上がれたから時間的には余裕を持って天狗岳に登って行けそうだ。
余分な荷物はヒュッテに預けてゆこうと、クーリングダウンをしながら小屋の方へ進んでいると若い男が歩いて来た。
引いているスキーに目をつけてどこからと聞かれたのでミドリ池のしらびそ小屋からだと答えると、良く登ってきましたねぇ、と言って尊敬の眼差しになった。
小屋の前でサブザックの用意を整え、休憩料を払って残りの荷物を小屋に預かってもらう。

  天狗岳は無雪期、積雪期含め何度も登っているのだが久しぶりのためか、歳でボケがきたためか、ルートの感覚がはっきりしない。 
Higasitengu Dake Top   樹林の中から抜け出して岩尾根の上に出ると一挙に視界が開けた。
中年男二人組が降りて来たので、「峠の下で手袋を落としませんでしたか?」と尋ねると、「やっぱり落ちてましたか」と言う返事だった。 見つけた場所の見当を話して先に進む。
  やや急な広い雪面に掛かると上の方に同宿した娘さんらしい姿が見えてきた。
次第に近付き、斜面の中間で対面となったが、峠直下の急斜面を安全に下れるよう、雪面でホールドを確保する要領を説明して分かれた。
  頂上手前の岩峰の北肩を捲き始めた所では中山峠に上がった時に出遭った青年と擦れ違った。
最高の天気に恵まれた登頂のあとで嬉しさ一杯と言った風な顔つきをして下って行った。
  岩峰捲き道の後半は少々嫌らしい所だがそこを過ぎると頂上は目の前だ(左)。
Nisi-Tenngu and Chuou Alps
  頂上では中年夫婦が休んでいた。
カメラのシャッターを押してあげたのがきっかけで頂上談義が始まった。
さほど離れていない上田市からだと言う事だったが本式の雪山に登ったのは始めてだそうで、大展望に出遭えた事をとても喜んでいた。

  南八ヶ岳の赤岳、阿弥陀岳の先の方には、鳳凰三山、北岳と間ノ岳、甲斐駒と仙丈(冒頭見出し写真)。
 その右手に中央アルプスとお隣の西天狗岳(左)。
ズラーッと並んだ "北" の北端部と北信五岳が霞の中に溶け込んでいる右手の蓼科山から足許までは "北八つ" の穏やかな起伏が連なっている(下左)。
Kitayatu Mountains and Mt. Tadeshina
   佐久平の向うに聳える浅間山から両神山、御座山、天狗山と男山、奥秩父金峰山など、硫黄岳の蔭になっている富士山以外、中部山岳地帯の主な山は全て見えている。

  何度か目にしている展望ではあるのだが、やっぱり素晴らしい眺めだなぁ、と思う。

  長休みのあと下山に掛かった。
岩峰の捲き道では少々注意が必要だったそのあとは雪山の常で、気楽な下降となった。
下ってゆくに連れて次々に上がってくる熟年パーティの多さには驚かされた。

  中には古強者のウッドシャフトピッケルを持っている者もいるが殆どがまだバンドが汚れていないアイゼンを履き、真新しいピッケルを持っている。
奥渋の湯から3時間ほどで登頂でき、黒百合平に設備の整った小屋があるという好条件があるせいか、雪山登山入門コースのひとつになっているようだ。
  ヒュッテに戻って預けてあった荷物を出し、身体を休ませながらパッキングをやり直して下山を始めた。
  天狗登頂をした代わりにパノラマコースから八方台に出て辰野館前まで尾根を辿るのは割愛。 渋の湯に下山して始発のバスに乗って帰ることにした。
天気は良し、時間はたっぷりあるしなのでノンビリ雪道散歩ムードの下山となる。
パノラマコース分岐で、林檎を食べたりチーズを齧ったり山中最後の長休みを楽しんでいると頂上で遭った夫婦が降りて来た。
ニコニコ顔で挨拶を交わす。

  バス停にはちょうどよいタイミングで着いた。
装備を解いてスキーを仕舞っている所へバスが上がってきた。
この頃は皆、マイカーで来るようになったのか、始発から乗った登山者はほかに居ず、山麓の人里に下りるまでは客一人の貸し切り状態だった。
  辰野館の辺りは雪が融けて笹原になっていた。
芽萌きの唐松林の間を通って谷間に下り、裾野に走り出ると急に回りの緑が増え、道端の畑では農耕が始まっている。
後ろを振り返ると、雪と岩の鎧をかぶった頂稜が、唐松林の上に連なっていた。
春から冬に戻り、また春に帰ってくる。
タイムマシンのような季節の旅ができるのが春山山行の醍醐味だ。

  バスは定刻より数分早く茅野駅に着いた。
そのお蔭で、土曜休日に運行される臨時特急ハマカイジに飛び乗る事ができた。
ゆったり座って沿線の山を眺めながら、駅弁を食べたり、コーヒを服んだりしながら、全てが思う通りに運んだ一日の締めくくりに相応しい楽しい列車の旅をし、早い時間に家に帰り着いた。

☆おわりに

  4月の上旬は山が空く時期だと言う。
年度変わりの異動や新学期の始まりだかと言うことを考え合わせればそうかと頷けるが、年中で最も積雪が多いのに雪がしまって歩きやすくなる上に寒気も去る。
天候にさえ恵まれれば、年中で最も楽しい山歩きができる時期だという事がもっと知られても良いのではないかと思った。