大菩薩 日川尾根 (2003.7.17)


☆期日/山行形式: 2003.7.17 単独日帰り

☆地形図(2万5千分1): 大菩薩峠(甲府2号-4)、笹子(甲府3号-3)

☆まえがき
    なかなか梅雨が明けず、ぐずついた空模様が続いている。
偏西風が日本列島上空で大きく蛇行していて、梅雨前線が北上できないという事なのだそうだが、梅雨明け早々に計画していた北飯豊への山行を7月25日以降に繰り下げることにした。
それまでの間、家に篭っていると足腰がダメにり、飯豊などとても無理な身体になってしまう。
  梅雨の僅かな中休みを利用して日帰りトレーニングに出かけることにした。
行き先は大菩薩の日川尾根だ。 前回の楢ノ木尾根山行の準備でそのあたりの地形図を見ているうちに日川尾根と源次郎岳から恩若ノ峰を繋ぐ薮尾根をまだ歩いていないことに気が着いた。 いずれも案内地図には点線で示され、 "物好き向けルート" とされている。
  一日で両方を歩いてしまうことも不可能ではなさそうだが、ちょっときついように思ったのでとりあえず日川尾根だけをトレースすることにした。 後者は次の藪山シーズンのお楽しみとして取っておく。
  計画のあらましは、塩山からタクシーに乗って上日川峠(1585)に上がり、砥山(1604.5)、砥山峠(1495)、pk1627、中日川峠(1565)、NTT中継アンテナ(1570)、下日川峠(1525)、源次郎岳分岐(1535)と藪ルートを歩き、条件が良ければ源次郎岳(1476.6)へ往復したあと、嵯峨塩深沢林道(1450)を横切って嵯峨塩鉱泉(1215)に下山。 天目から六本杉橋下のやまと天目山温泉まで行って汗を流し、村営バスで甲斐大和駅に出て家に帰ると言うものだった。

☆詳しい記録
    2万5千分1地形図と市販案内地図を照合したり山行文献を見たりしているうちに最近の雑誌で日川尾根の記録を見たような気がして来た。
  手許にあった数冊を引っ張り出してめくって見たらなんと先月に出たばかりの新ハイキング ’3年7月号(No.573) で、14年5月2日に歩かれた小林経雄さんの記録だった。 氏の労作である "甲斐の山々" は、日ごろの藪ルート歩きでもっともお世話になっている資料だ。 その内容の精細さと正確さとには常々敬服している。 早速コピーを取って地図ケースに収め、大船に乗ったような気分になった。

<タイムレコード>
    宮崎台=長津田=八王子[7:29 アズサ]=[7:55]大月[8:15]=[8:44]塩山=(Taxi \4820)=上日川峠(9:40)-砥山(9:50)-砥山峠(10:05)-中日川峠(10:40)-pk1621(10:50)-NTTアンテナ(11:15)-左カーブガードレール(11:25/35)-下日川峠(11:45)-源次郎岳分岐点(12:05/10)-嵯峨塩深沢林道(12:30)-嵯峨塩鉱泉(12:55/13:00)-天目バス停(13:40/50)-(14:05)天目山温泉[15:03 \100]=[15:18]甲斐大和駅[15:28]=高尾=八王子=長津田=宮崎台

<要所の情景>
    久振りでも勝手知った塩山駅だ。 裏側の東口に直行し、並んでいるタクシーの先頭に乗る。
町を出外れると果樹園の間を走るようになる。 もともとは梅の産地だったのだが中国や韓国から輸入される梅に押され今は桃とプラムが多くなっていると言う。
空模様は芳しくない。 甲府付近の天気予報は晴れたり曇ったりだったが甲武国境の山間部は時雨模様だった。 塩山でも朝方まで降っていたそうだ。 雨量は少ないが曇って陽が照らない日が続いているため果物が甘くならず困っているのだそうだ。
  裂石から山に掛かる。 標高1400m あたりで霧の中に入った。
久し振りの上日川峠は一面霧で煙っていた。 長衛山荘は洋風の立派な建物に建て代った(下左)。
何となく明るくて、雨が降って来るような雰囲気ではない。 薮が濡れていたらゴアテックスパンツを着ければよいし、途中で降りだしたら林道にエスケープし、日川沿いの車道を歩いて帰ってもそれなりのトレーニングにはなる。




  予定の薮ルートを歩く事にして広場の南端から車道に入った。
100m ほど進むと道の左脇に砥山への入口を示す道標が立っている(上右)。
笹の間に踏込み、僅か進んだ所にある分岐を右に入ってちょっと登った高みが砥山の頂上だった。
ピークと言うほどの所ではなく何の目印もない。 笹が濡れているのでゴアパンツを履く。



尾根通しに砥山峠へ行こうとしたがすぐに踏跡が分からなくなった。
霧で視界が悪いので最初からルートミスをせぬよう分岐に戻り、あらためて左手の道に入る。
笹薮に埋もれているが2m 近くもの幅の良い道だった。
霧雨模様の日が続いているせいかまわりの緑が瑞々しい。


















山の北側をほぼ水平に10分あまり進んだ所で笹の中に道標の立つ鞍部に出た(左)。
行く手に "砥山林道 (大和村)" 記され、ルートに乗れたことが確認できた。

暫くの間、尾根の北側をほぼ水平に進んで行く。
下の方を通っている車道が見え隠れして山深い感じはないがあまり人が通っていない感じの踏跡に笹薮が被り気味になっている。
周囲に人の気配はない所はこの前の奈良ノ木尾根ルートと同じだ。








車道が接している所では草原越しに上日川ダムの水面が見えた。

この貯水池と小金沢の葛野川ダムとの間で揚水式発電が行われ、160万kW もの大電力が送り出されていると言う。













中日川峠の手前では暫く林道を歩く(左下)。







10分弱歩いた所に下のような道標があってその脇から山道に戻る。









木製の部分は古くて文字が分かりにくくなっているが左腕には "砥山林道(大和村)"、右腕には "長衛小屋" と記されているのが読み取れた。

下の白地に記されている "Suzuran" は林道なりに下って行った所にあるペンションを示している。

山道に入ってすぐの緩やかな鞍部が中日川峠だと思われたがその目印はなく "昭和50年度造林地" と記した表示プレートが立っているだけだった。








笹の林床の唐松林になり、1630m 圏のピークに向けて80m 弱の標高差を登る。
ルートに入って以来初めてのまとまった登りだ。

ピークを乗っ越すと奇麗な自然林に入る(左)。
霧が立ち込めていてなかなか風情がある。



やがて霧の中に大きなアンテナの鉄塔が仄見えてきて一段上がった台地の上に立つアンテナの脇に出た。







入り口のフェンスにNTTの中継施設である事を記した看板が掛けてある。

ゲートの前から始まる車道を5分ほど歩いた左カーブのガードレールの末端から山に入ればすぐに下日川峠だと、参照した複数の資料に記されていたが霧で前途が不明なのと踏跡がもうひとつ不明瞭だったので林道なりに進んで見ることにした。

5分ほど進んだ所に通行止のゲートがある(下左)。
ゲートの脇から鋭角的に右に折り返し、約100m 進むと赤土の林道が枝分かれしている(下右)。










この枝道に入って50m ほどの左側に源次郎岳方面へのルートの入り口があった。
向って左側の立ち木に赤、右側の立ち木に黄色のビニールテープが下がっている。















すぐに濶葉樹林に入り、濃密な緑の中を進むようになる。
相変わらず霧が立ち込めてまわりの山は殆ど見えない。
明るくなったり暗くなったりしているなかで空模様は僅かに上向きのようで薄日が射したりするようになった。

緩やかに登って行くと源次郎岳への分岐点があった(左)。
天気が良ければ往復する積りだったがこの状態ではただ霧の中を歩くだけだろうから止めにし、次回の楽しみに取って置く事にする。






ここから先は薮がなくなり、よく整備された登山道に変る。
緩やかに下り続けて行くと舗装された車道に出た。 出口の左右にプレートがあってその一方に "源次郎岳登山口入口 頂上まで40分" と記してある。

車道の向かい側の薮の中に "嵯峨塩館25分" と記した道標が立っている。
下側の道はかなり薮っぽくあまり踏まれていない。
大部分の人達はここまで車で上がって頂上を往復しているようだ。







踏まれてはいなくてもコースサインが潤沢に出ているので迷うような事はない。
右側赤松林、右側巨木の自然林の間から左脇にテレビの中継アンテナのある所を過ぎて行くと右下に牛奥集落の畑の最上部が現れた。

畑の縁に上がると日川谷下流方向への視界が広がっていた(左)。
すぐ下の樹木に掛けてあるプレートに "富士山展望点" と記されている。
いくらか青空が覗くまで天気が良くなっていたが富士山が見えるほどではない。







左側の山腹に入り、木段のジグザグを下って行くと下の方に嵯峨塩館の屋根が見えてきた。
コンクリートの階段を6、7段下って嵯峨塩館入り口の向かい側に降り立つ(左)。


所々で日川の渓流を覗き込んだり、道端で奇麗に咲いているホタルブクロを見たりしながら歩いて天目に着いた。
部落に入った所に村営バスの新しい乗り場が設けられ、小奇麗なトイレと竜門峡観光案内看板があった。
広場の隅で山支度を解いて先に進む。






集落を通り過ぎた所にある曲がり角に歩道の入口があり、脇に "やまと天目山温泉" と記した看板が立っていた。
つった。
コンクリート擬似木の階段を下って行くとすぐに "やまとふれあいやすらぎセンター" の前に出た(左)。
村民外は700円と言う入浴料を払って風呂に入る。
PH10.3で神経痛や筋肉痛に効くと言うアルカリ泉で汗を流したあと、100円均一料金の村営バスで甲斐大和駅へ行き、JR線に乗り継いで帰った。