楢ノ木尾根: 大峠-雁ガ腹摺山-泣き坂ノ頭-水無山-上和田


☆期日/山行形式: 2003.7.5 日帰り 単独

☆地形図(2万5千分1): 大月(甲府3号-1)、七保(甲府2号-2)

☆まえがき
  今年の梅雨は良く降るがその割には回り合わせが良く、週末前後に決まって晴れ間が来る。
快晴に恵まれた二王子岳山行から二週間経ち、そろそろどこかへと思い始めていた所にまた梅雨の晴れ間が予報された。
   二王子岳のせいで後回しになった会津の三岩岳-窓明山か荒海山にしようかと思っていたのだがどうも好天は2日とは続かないようだ。 急遽、日帰り山行に切り換え、大分方向の違う "楢ノ木尾根" に行く事にした。
  "楢ノ木尾根" は、旧500円札の富士山で知られる雁ガ腹摺山(1874)頂上から北に延びる尾根を伝わって大樺の頭(1776.7)まで行き、そこから東へ連なる稜線上にある唐松立(1597)、1409m峰、泣き坂ノ頭(1420.7)、大峰(1410)と縦走したのち南に転じ、西沢の頭(1298)から水無山(1139)を経て上和田(533)に下山するルートだ。
北側を流下する葛野川谷を挟んで大菩薩南東の長峰と対峙し、このあたりの藪尾根の双璧と言われており、以前から気にかかっていたルートだったが情報が少なく、僅かな資料しか手に入らなかった。


                                      奈良倉山頂上から見た楢ノ木尾根 (2002.10.29)

  昨年5月には取付きの大峠に幕営してトレースしようとしたのだが、初日のアプローチで欲を掻きすぎてバテた所へその夜の強い冷え込みで体調を崩し、雁ガ腹摺山へは何とか再登頂したものの楢ノ木尾根縦走はギブアップ。 姥子山から奈良子林道を歩いて奈良子に下山して終わった。

 かなり藪が深そうな所へ時季的にはいささか遅すぎるから繁茂した薮に跳ね返される可能性もあると思ったが、その一方では年中で最も日の長い時期だから日没時間切れでビバークとなるような事もないだろうという計算もして出かけた。


☆ 道案内を兼ねた山行記録

<タイムレコード>
    
宮崎台=長津田=八王子[7:29]=[7:55]大月[8:05]=(Taxi \6880)=[8:45]大峠(8:55)-雁ガ腹摺山(9:45/10:00)-大樺ノ頭(10:14/50)-唐松立手前の小笹平地(11:10)-送電鉄塔(11:50/12:00)-泣坂ノ頭(12:50/13:00)-大峰(13:20)-西沢の頭南肩の展望点(13:40/14:00)-水無山(14:35/40)-尾根中間の緩傾斜地(15:05/10)-尾根から集落への下降点(15:30/35)-(15:55)上和田[16:32]=(路線バス \580)=[17:00]猿橋駅入口/猿橋駅=高尾=八王子=長津田=宮崎台


<要所の状況と写真>
    ロングルートを速攻するため、金で時間を買う事にした。 八王子から大月までは特急アズサ、そこから大峠までタクシーを利用したが、5月の奈良倉山/坪山への山行のときに、駅前タクシーが全部出払って30分以上も待たされたのに懲りたので今回は前夜に電話を掛けて予約した。


駅前で待っていたのは大月ではじめて見る女性ドライバーの車だった。
タクシーを始めて4年目と言う事で山奥の林道をスイスイ走る。
桑西から大峠までは冬季は通行止めとなり例年4月末までは車が入れない。
40分弱で大峠に着いた。
昨年の春に来た時はやっと芽萌きが始まるかどうかという状態で、翌朝は霜で一面真っ白になったが今日は至る所若葉に覆われ、穏やかな雰囲気だ。
峠の頂上にはフェンスが張られて、葛野川谷側へ入れない様にしてあるのは去年と同じだ。 
東屋の入り口で身支度をしているとタクシーが上がってきた。 車から出て支度をはじめたグループの前を通って登山道に入ろうとした所へもう1台のタクシーが上がってきた。


登山口から100m 程の所に良い水場がある。
ロングルートに備えて二本のテルモスを持ってきた。 一本はいつものポカリスエット入りレモンジュースだがもう一本は水筒代わりなのでここで満杯にする。

気分の良い濶葉樹林の中を30分ほど登って左に折り返す所で右に直進して行く踏跡が分岐している。 野分の頭の方に通じているのではないかと思われるが道標のプレートが取り外され、柱だけになっていて確認はできない。
露岩のあるやや急な所を登り上げると尾根の鼻に上がる。 右手に視界が開け、富士山の眺めの良い場所なのだが今日は立ち昇る霧に邪魔されて見えない。 さらにひと登りすると碁盤の様に直交する割れ目が何本も入った大岩の前を過ぎる。 間もなく頂上直下の草原の末端だ。
峠の駐車場に2、3台の車が停めてあったので誰かいるのではないかと思っていたが頂上は無人だった。
霧の隙間に見え隠れしている富士山を眺めているとタクシーのパーティが上がってきた。 2台とも同じパーティだったようで一塊の列になっている。 登り着いたのを見ると何人かがユニフォームのシャツを着ている。 東京の山岳会だそうで二、三十台が多く、バリバリの現役だ。 梅雨時に懇親山行で金山鉱泉に入って帰るのだと言う。
デジカメのシャッターを押してあげたあと暫く駄弁っていたが10時近くになったのでザックを背負う。



頂上広場の奥手に立つ "大樺の頭" と記した大月市の金属製道標(上左)の前からルートに入る。 すぐ先の道端に古い道標のプレートが置いてあった。  "大樺の頭" と大書きした下に "上和田" と記されてあるのが読み取れた(上右)。


あまり踏まれていない古い登山道と言った感じのルートが尾根の上に延びている。
赤塗りの小さな杭が数m毎に打ち込んである。 ○の中に "歩" と書き込まれ、通し番号が記されている。 歩道の整備工事が行われようとしているらしい。
少し進んだ所に20m 程の急降下があって虎ロープがフィックスされていた。
鉈でも持っていないと通り抜けるのが厳しいのではないかと怖れていたが昨年あたり笹薮が伐り払われたようでただ歩いてゆけば良い状態になっている。 実態が良い方向に大分違っているので安心ムードになる。
進みながらまわりを見回すと左側の葛野川谷は霧が少なく、大菩薩へ連なっている尾根上にある牛奥の雁ガ腹摺山から川胡桃沢の頭あたりと思われる部分が見えた。


平らになった尾根の上を少し進んだ所で振り返ると奈良子川谷側から濃密な霧が吹き上がっていて今降りて来た雁ガ腹摺山の左半分を覆い隠していた。

多数の赤杭と所どころにある赤ビニールのコースサインとでルートは明瞭そのものだが辺りに人気は全くなく、人外境に踏み込んだという感じがする。









霧は出ているがある程度は視界が得られるので2万5千分1地形図と尾根の起伏を参照して現在位置を確認しつつ前進し、ほぼ目算通りに大樺の頭に着いた(左)。

狭苦しい笹薮の切り開きで、三角点標石の横に "泣き坂の頭へ" と記した大月市の金属道標が立っている。
薮がないお蔭で予想より短時間で到着できたのを喜びながら休憩。
沢山打たれていた○に "歩" の杭の列は頂上から北の方に延びている尾根上の伐り払いの中に続いていら。
ひと休みしたのち東に向って出発。 煩るさかった赤杭の列がなくなるとともに霧が濃くなって視界が狭まったがルートは相変わらず明瞭で、要所に赤ビニールのコースサインがある。

大樺の頭からの下りのコース取りは少々トリッキィーで、昔道迷いによる遭難が起きたこともあると資料に記されていたので注意深く進んだがルートは地形図上の尾根筋を素直に通っていて至極まともなように思われた。
 下り切って平らな尾根に乗るあたりは薮が深く、獣道のような踏跡が錯綜していたが、ここには大月市の道標が立っていて進むべき方向が指示され、迷わない様になっている。



  道の右手に枯れ立ち木が目立つようになり、そろそろ唐松立が近いのではと思い出したあたりで突然、パッと開けた小笹の広場に出た(上左)。 それまでのむさい薮の隙間の道からは全く想像もつかない広々した山中の別天地だ。
旧友を誘い、テントと水を担いで泊まりに来たいと思った。

右手に小高い所を見た所から僅か先に草原が開け、大きな鉄塔が立っていた(上右)。
一本目の送電線が乗越している所で、雁ガ腹摺山と泣坂ノ頭とのほぼ中間の地点になる。 まわりの樹木が伐り払われて広大な視界がありそうなのだが霧がますます濃くなって鉄塔の上の方さえ見えない程となり、五里霧中に近い状態なのが残念だ。
ひと息入れただけで鉄塔の向こう側の切り分けに入る。
山の北側の笹薮の中をやや急に斜めに下る所に5、6m 程の虎ロープが張ってあった。


さらにひと歩きした所から二番目の送電線鉄塔のある鞍部に向かって高度を下げて行くようになる。
霧になっていた雲の層の下に出ると左手の奈良子谷の中に姥子山らしい尖ったピークが、前方の樹木の梢越しに奈良倉山が見えた(左)。
奈良倉山は昨年の晩秋に来たのがきっかけとなって半年の間に三度も登る事となった。
ここ数年の間の山としては丹沢の大室山や蛭ヶ岳と並ぶ "大の親友" だ。

鉄塔の脇から向かい側の登り返しに掛かった所に良い休み場が見付かった。
  ザックを下ろし、泣き坂ノ頭への登り返しに備えて腹拵えをする。 最近の定番になったミニパンが美味しい。
  来し方を見ると最初の鉄塔が遥か上の方にある。 地形図で確かめるとこの辺りが尾根の最低鞍部で1370m 圏となり、1600m 近い高さの所にある鉄塔とは200m を越す標高差がある。 



最低鞍部付近は尾根が痩せて岩っぽく、小刻みな登り下りがある。
幾分高度を回復しながらふたつのピークを越していった所に溝状に括れた狭いコルがあり、そこから泣き坂ノ頭への登りが始まった。

暗い針葉樹林と笹薮のせいか、普通の花が少なくギンリョウソウばかり見てきたが登りの途中にコアジサイと思われる清楚な白花が咲いていた(左)。





やがて傾斜が緩んで道標の立つ小ピークに登り着く。
そこから僅か、ほとんど水平に進んだ所が泣き坂ノ頭だった(左)。
地形図の等高線の間隔からそれほどの急登ではないだろうと予想していた通りだったので安心する。
三角点標石の横に金属製道標が立っているが樹木に囲まれ、展望はない。
2万5千分1地形図には標高1420m のこのピークに "大峰" と記されているが "大峰" は500m ほど東にある1410m 未満の尖峰だ。

雁ガ腹摺山から長駆してついに辿り着いたこのピークを慈しみながら休憩する。
藪がなかったお蔭で予定したより遥かに早く来られ、楽勝気分でザックを背負い大峰に向う。


この先は道も良く踏まれ、ごく普通の登山道になる。 上和田から大峰に登り、ここまで足を延ばして三角点を確認して帰る者が多いためだろう。
気分の緩みとともに長途の疲れを感じるようになったのでゆっくりしたペースで大峰に向かう。

緩やかに下って登り、ちょっと急な所を乗り上げた所に道標が立っていて大嶺の頂上だった。
一昨年の秋に来た時には林床が薮だらけで腰を下ろす場所を捜したが今日は奇麗に伐り払われてサッパリし、どこでもOKな状態になっていた(左)。

石祠に賽銭を上げ、ここまでの無事の感謝と下山の安全とを祈る。
泣き坂ノ頭から歩き出して幾らも経っていないのでひと息入れただけで西沢の頭の南肩にある展望スポットへ向う。
頂上の直ぐ下にザラついた急降下がある。
スリップせぬよう踏み締めながら下ったのだが膝周りの筋肉には負担が掛かったようで、両膝の外側の筋肉をはじめ、あちこちに頚痙が起こりそうな気配が出てきた。
だましだまし進んで何とか鞍部へ下って緩く登り返し、西沢の頭を乗っ越して待望の地点に出た。


大気中の水分が多くて霞んではいるが目の前に水無山、尾越山を見下ろし、その背後に麻生山、権現山から扇山への連なりが望まれた(左)。
水無山の西麓に並んでいる奈良子の集落が箱庭の様だ。

林檎やチーズを食べたあと頚痙予防のため消炎鎮痛剤を半錠服む。
ひと休みして最低鞍部への下降を始めたのだが薬の効き目が現れるより先に溜まった疲れの影響が出て来てかなり辛い。
尾根の右側が伐採地になっていてその縁を通ってゆくのだが茨が沢山生え出していてウッカリしているとむき出しの腕ばかりか、ズボンを通して腿のあたりまでチクリとやられる。


水無山の頂上が近付き、もうすぐ植林に入ろうとする所で振り返ると西沢の頭の背後に大峰の奇麗に尖がった三角形が顔を出していた(左)。

左手は奥深い奈良子川谷で最奥に雁ガ腹摺山が見えるはずなのだが雲霧が立ちこめていて何も分からない。
水無山頂上に着いた時にはこれで三度目という事のせいもあってすっかり気が緩むと同時にどっと疲れが出た。
薬のお蔭で何とか治まってはいるがこのままで下ってゆけばかなりひどい頚痙が起こりそうな気配がしたのでさっき服んだ薬の残り半錠を服み加える。
上和田への下降路の上半分はかなりの急傾斜だ。 殆ど頚痙しかかっている両脚を騙し騙し下降を続け、途中二回も休憩してようやく上和田に下り着いた。
結局、この山行での "泣き坂" は水無山からの下りということになった。

早く降りられたらバス停のすぐ下にある松姫鉱泉で汗を流して帰る予定だったのだが思わぬブレーキが掛かったため時間が足らなくなり、入浴は諦めた。
そのせめてもの代わりに、バス停広場の隅のゴムホースから流れ出している水で顔や首筋の汗を洗い、乾いたシャツに着替える。
冷たくて良さそうな水だったのでまだ氷が残っていたポカリスエット入りレモンジュース用のテルモスを満杯にした。

4時半の大月行きバスは途中まで "貸切" だった。
この便は猿橋駅に立ち寄らないので国道沿いで下車し、駅前通りを歩いて駅へ行ったがそのお蔭で名物の "猿橋饅頭" と "厚焼き煎餅" を売っている店を見つけ、家への手土産の調達が出来た。


☆おわりに
    歩いてみて分かった事だが、名うての藪ルートだった楢ノ木尾根は、葛野川谷にできた発電所からの送電線が乗越すようになったのに伴って送電線巡視路として定期的に藪払いが行なわれるようになり、もはや藪ルートではなく、"奥山のロングルート" とでも言うべき状態になっている。

  あまり踏まれてはいないがルート不明な所はほとんどなく、要所に立つ道標とコースサインのお蔭でルートファインディングの必要性もほとんどない。 大樺の頭の北側にある獣道らしい踏跡の錯綜と数箇所で分岐している巡視路の枝道に迷い込まぬようにさえ注意すれば問題はないだろう。
二箇所のフィックスドロープと一箇所のワイヤーロープのお蔭で危険個所もない。 むしろ大峰頂上の直下と水無山下降路の上半分の急傾斜でのスリップ、および西沢の頭から水無山の間の伐採地の縁を通過するときに茨に刺されぬように気をつけるくらいが注意を要する場所で、もう少し整備されれば一般登山道の範疇に入れても差し支えないくらいだと思った。
人里から隔絶したハードなロングルートで "物好き向き" であることには間違いないが、日帰り圏内にありながら静かで手応えのある奥山ルートとして好ましいと思った。


☆参考データ
  ルート関係一般情報: 大月市商工観光課: 0554-22-2111(代)
  林道開通時期など: 山梨県林道環境部冶山林道課: 0554-22-7814→林務環境部
  大峠へのアプローチ: 大月富士急タクシー: 0554-22-2455
  上和田−大月のバス 富士急都留中央バス大月営業所: 0554-22-2456
  松姫鉱泉: 大月市七保町瀬戸1709(上和田バス停から徒歩5分あまり) 0554-24-7977
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