西上州縁辺 高山(御嶽)-日向山-椚原-子王山 (2015.3.22)


☆期日/天気/山行形式: 2015年3月22日 JR線・バス利用、単独日帰り
☆地形図(2万5千分1): 藤岡(宇都宮15号-4)、上野吉井(長野3号-2)、高崎(宇都宮15号-3)
☆まえがき
    彼岸墓参のため西上州に行ったついでの立寄り山行で、高山の御嶽(420+) から日向山(482)への尾根伝いを行い、さらにみはらし茶屋から子王山(550.8)の頂上へ往復しました。

  半日で片が付く小さな低山でしたが、御嶽から日向山への尾根筋は細尾根が続き、ロープが固定されている難場が多く、意外に面白く歩けました。
御嶽から日向山の間は樹木と藪に覆われ、捗捗しい展望が得られませんでしたが、かつて山城があった子王山は尖った独立峰で、400段の階段の急登の上では広大な視界が得られました。

  山歩きのあとコミュニティーバスに乗って藤岡市内をグルグル回ってあちらこちらを見物したあと、北関東5世紀最大の前方後円墳 七輿山古墳を訪ねました。

子王山階段中間点の展望    (画像をクリックすると拡大)
☆行動時間
   渋谷[6:53]=(湘南新宿ライン)=[8:40]新町[8:50]=(日本中央バス奥多野線)=[9:27-7]高山社跡(9:30)-御嶽コース塩水口(9:42)-林道末端(10:07)-追分(10:15)-405.5m三角点峰(10:17/22)-危険表示のある細尾根(10:17/30)-御嶽(10:36/38)-おそ松(11:09)-日向山482m(11:21)-みはらし台分岐(11:27)-みはらし台(11:28/31)-椚山(11:35/45)-車道(11:50)-みはらし茶屋(11:57)-子王山(12:10/13)-(12:23)みはらし茶屋/二千階段入口[12:40]=(上信ハイヤーめぐるんバス)=[13:56+6]七輿山古墳入口-ドライブインななこし(14:05/26)-七輿山古墳(14:28/56)-(15:25)山名駅=高崎=籠原=渋谷

☆ルートの概況
  今回の山行先も前回の南房総と同様、少々遠くて辺鄙な山ですが公共交通を利用したアプローチは意外に楽でした。
早朝、渋谷を通過する湘南新宿ライン電車に乗ると1時間半ほどで新町駅に到着。 奥多野方面行きの路線バスに乗り継ぐと40分足らずで登山口最寄りの高山社跡バス停に到達しました。

  高山社跡バス停は、かつて清涼育養蚕法の実習場だった旧高山社があった台地の裾にあります。
富岡製糸場とともに世界遺産に登録されてから近代日本工業化のルーツのひとつとして訪ねる人が増え、以前は群馬藤岡駅からの路線バスが一日に3便しかなかったのが、新町駅からのが5便も追加されました。

  高山社跡の下に左のようなバス旋回場が整備され、その横手には公衆便所が新築されました。
 
  道路に臨んだ所にある長屋門には、ボランティアガイドが出ていてパンフレットを配ってくれます。
無料で案内してくれるとのことでしたがこの日は山が終わったあとに墓参もする予定だったので忙しく、敷地に復元されている建物の写真を撮らせてもらっただけで外に出ました。
 
  山裾にある興禅院の下を通りすぎて行くと御霊神社入口の石灯籠が立っていました。
向かい合わせにある事業所の塀の先から右手の山に上がってゆく林道が分岐していました。

  入口の角に 「御嶽 塩水コース」 と記した標識が立ち、その脇の草叢にルート図を描いた古い看板が置いてありました。
 
  入口から頂稜までの高度差は、250m 程でですがそのうちの 150m 位が林道歩きでした。
林道の下半分はコンクリートの簡易舗装でしたが上半分は土の道で草生した所が多く、車も人もあまり通っていないようでした。

  斜面を大きく横切って北側の小尾根に突き当たった所が林道末端で、左のように 「御嶽入口」 と記したのと、「ロープにさわらない」と記したのと、ふたつの道標が立っていました。
 
  左折して尾根に上がると左のような藪っぽいやや急な尾根の登りになりました。
    岩っぽいのに土が固まっていないためやや登り難い所を登って行くと、尾根の背から少し離れた所にロープが断続的に張ってありました。
なぜか分かりませんが、尾根の背から数m 外れたところにあるので、無理に触りに行くと尾根から落ちてしまいます。

  林道末端の掲示に納得はしたものの、何のためのロープなんだろうか?と首を傾げました。

  ひと登りすると傾斜が強まり、少々登り難くなりましたが、そのあたりからロープがまともな場所に取付けられているようになり、そこを登り上げた所の木の枝に 「追分」 と記したプレートが取付けてありました。

  追分はふたつの小尾根が合流している所で頂稜の肩にあたり、その先は平らな尾根道になりました。

  わずか進んだ所に少し盛り上がった小さなコブがあり、左のように三角点標石(405.5m) がありました。 

  ひと休みしたあと尾根伝いをはじめると両側に樹木が茂ったほっそりした尾根になりました。

  御嶽主峰の手前の最低鞍部の手前に 「危険!!」 と記した標識があり、その先が露岩の細尾根になっていました。
固定ロープの助けを借りて尾根の北側をトラバースにて難場を通過すると、出口にも 「危険!!」 の標識がありました。
  最低鞍部からわずか登って着いた高みに 「小彦名命」 と刻んだ石碑が立っていました。
その先には石祠、「八海山大神」、石の神像などが並び立ち、 「御嶽」 と書いたプレートが置かれていました。

  御嶽の頂上はまわりに針葉樹が並び立って視界を閉ざし、日の光も差し込まない陰気な場所でした。
10人も上がれば一杯になるくらいの広さしかなく、信仰登山の山の頂としては、あんまり「らしくない」なぁ、と感じました。

  頂上でひと息入れたあと先に向かうと下り坂の入口に 「三笠山刀利天」 と刻んだ石碑がぽつんと立っていました。

  小さく上下しながらな進んでゆく尾根ルートになりましたが、小さな低山にしては地形が険阻で、頻繁に固定ロープが出てきます。

  尾根の左側の斜面はかなりて急で所々が5m あまりの崖になっています。
それに対して右側の北面は斜面が幾分緩いので、尾根の背を進むのが難しくなると決まってそちら側を巻いて通過します。

  両側の山林が濃密で展望はほとんど得られず。
そうかと言って、道が険しいためよそ見をしなが歩くのは危険です。

  コブを4っつほど越して行くところでやや単調になってきた所に 「おそ松」 と記したプレートが出ていて、前の方を見通せるようになりました。

  少し進んだ所から前方の見通しが利くようになり、この尾根筋の最高点である 482m 峰と対面しました。
その背後に見える山影は子王山(550.8m) のようでした。

 (クリックすると拡大)

  右手は鮎川が流れている日野の谷でその向う側には牛伏山も見えました。

    僅か下って登り返した所がこの山の最高点(482m) でした。
頂点を越えて西肩から下降に移ろうするところに 「日向山」 と記した標識とルート図を画いた看板が立っていました。

  間近になった子王山の尖った三角形が印象的でした。 

   日向山から先は一転して地形が穏やかになりました。
久し振りにのんびりムードで歩いてゆく所では、奥武蔵のどこかを歩いているかのような感じになりました。

  ゆるやかな鞍部に 「みはらし台→」 と記した標識がありました。
分岐からわずか上がった高みがみはらし台だったのですが木立と藪に囲まれて、期待したような 「みはらし」 は得られませんでした。

  もとの道に戻って尾根の南側へ入り、緩やかに回りこんでゆくと谷の詰めと思われる窪地に小さな池がありました。
池の縁を通ってその先の橋を渡り、向かい側の土手を登ってゆく所にカタクリやイチリンソウ(?)が咲いていました。
  土手から上がった所は椚原の道路の最奥部でした。
舗装路に出た所で、その先どちらに進めば良いのか判断に迷いました。
左手へ車道を進んでゆくと山を下ってしまいそうなのでタブレットを引っ張りだし、大縮尺の地形図を表示してみたら、現在位置は GPS で正確に分かったものの、細かい農道が書き込まれていないため、どの道に進入すれば良いのか分かりません。
  見晴らし茶屋がどちらのん方角にあるかは分かるのでそちらへ進んでゆくと民家があり、庭にいる犬に吠えたてられました。
庭先の手前から左折して山畑の道に入ろうとしたらその先の果樹園で作業をしていた人に声を掛けられ、少し戻ってビニールハウスの手前を右折するよう教わりました。

  右折して果樹園の間の農道を上った所にある T字路を右折し、左手に曲がり登って行くとこれまで何ヶ所かで見てきた 「御嶽コース」 の標識板とルート絵図看板がありました。

  看板のすぐ先で舗装車道と出合って右折すると椚山の集落で、人家と山畑の間の道路を進みました。
椚山は470m から580m ほどの山に囲まれた山上の平坦地で、夢のような雰囲気が漂う別天地でした。

  山畑の中に一列の桑の木が残っているのを見ていたら脇の家から出てきたおばあさんが、「昔はお蚕をやってたんだけんどねぇー」 と言いました。

 (クリックすると拡大)

  集落を抜けて左手へ曲がり込んでゆくと行く手に子王山が見えてきました。
小さいが尖った山で、電話中継用らしいポールが頂上に立っています。

  まもなくみはらし茶屋に着きました。
ネットには、茶店は週末には営業していると出ていました。
ひと山歩いて疲れたから茶店で蕎麦でも食べ、子王山は次回に譲ろうか、とも思っていたのですが、茶店は戸が閉まっていました。

  バスが出るまで45分ほどの時間があるので子王山頂上へ往復することにしました。

  子王山の頂上へは茶屋の向かい側の取り付きから急な尾根の背に刻まれた400段の階段を登ります。
ひと山越してきた年寄りの膝に来る登りでしたが山が小さかったお陰でバテてしまう前に頂上に着きました。

  かつて山城が置かれていたと言う山の天辺は、小さな石祠と大きな道標があるこじんまりした丸い平坦地でした。



  北から東への視界が広がっていましたが広場の端に立っているアンテナの柱が邪魔でした。
天気が良すぎて大気が霞み、下の合成パノラマ写真のように遠くの山は見えませんでした。
 
子王山頂上の展望    (画像をクリックすると拡大)

 (クリックすると拡大)

  バスの時間に遅れると午後の予定がガタガタになってしまうので、ひと息入れただけで下山に掛かりました。

  400段の階段の下りは登り以上に膝に負担がかかりましたが中間にある平坦な所のすぐ上で思いがけない山岳展望を見ることができました。
  手前の山は冬桜で有名な鬼石の桜山、その先は神流川谷の向こうにある横隅山のようです。

  平な所をすぎ、その先の急降下にかかると下の方にみはらし茶屋とその前庭に停まっているマイクロバスが見えてきました。

  思ったより早く茶店の前に戻れました。
山支度を仕舞ったあと喉を湿らせ、広場のまわりをブラブラ歩いてクールダウンしました。





  茶店の西側の遊歩道の縁に出ると、正面に御荷鉾山が見え、下のような展望を楽しむことができました。

みはらし茶屋から御荷鉾山方面の展望    (画像をクリックすると拡大スクロール)
 
 
☆ルートの詳細



  ルートマップ(Google MyMap)






  Yamareco の山行報告




  Flickr の元画像アルバム




  詳細ルート図
       
(カシミール3D 使用、
          地理院地図(新版-淡色)レベル16 に
          GPS 軌跡を書き込んで作成)
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☆おわりに

   半日以内という時間の制限が付いた山行でしたが小さく低い山としては非常に変化に富むルートで面白く歩けました。
落ち着いた空模様にも恵まれて、立ち寄り山行としては最高でした。

  今回歩いた高山-子王山と牛伏山に挟まれた西上州南縁山域には名のある山は見当たりませんが、年寄り山屋が藪尾根歩きを楽しむには適したフィールドのように思いました。

近いうちに機会を作り、味見山行を行ってみたいと思っています。

  下山後に立ち寄った七輿山古墳は、小学学校の遠足で行った記憶がある郷里の重要なランドマークです。
中学生のころ自転車か何かで行ったことがあるような気もします。

  いずれにしても60何年ぶりかの再訪でしたが、昔の景観が保たれていたので嬉しくなりました。
このあたりは、大和勢力による統一が行われる前に渡来系の大勢力が拠っていたとかで、ほかにも大古墳があります。
万葉東歌の歌碑もあったと思います。
これらを合わせて大規模な公園の整備が進んでいるようですから、今回、ゆっくり見られなかった高山社跡とあわせ、再訪してみたいと思っています。



七輿山古墳    (画像をクリックすると拡大)