鈴鹿、御池岳と藤原岳(2012.5.23-24)


☆期日/山行形式: 2012年5月23-24日 山麓ホテル泊単独
☆地形図(2万5千分1): 御池岳 篠立(名古屋9号ー2)、藤原岳 竜ヶ岳(名古屋10号-1)
☆まえがき
    去年の春、霊仙山の南西尾根を登ったとき、南の方に立っている大きな山を見た。
通りかかった地元ハイカーに尋ねたら御池岳(1247)だと言った。
帰宅してすぐガイドブックを引っ張りだしてみたところ、この山は標高 1250m あって鈴鹿山脈の最高峰であり、霊仙山と同様、石灰岩の花の名山ということを知った。
足腰立つうちに是非とも登っておきたい山のリストに加えたのだが、登りだしが低いため山が低い割には登降差が大きい。
三重・滋賀県境の奥まったところにあるためアプローチも長く、後期高齢ハイカーにはいささか手強いかなぁ、と思ったのだがなんとかして登る工夫をと、案内地図・地形図、地元観光協会が公開している情報とにらめっこ。
西藤原に足溜りを設定し、国境の鞍掛峠トンネル入り口まで車でアプローチすればどうにかできそう、と言う心証を得た。

  ここ数年、春と秋の恒例になっている古道歩きのシニアグループでは今春、堺から竹内街道を歩いて當麻寺まで歩くことになったので、それが終わったあとの立ち寄り山行として計画を組み立てた。
予備日も含めて山麓に二泊し、もし好天続きに恵まれたら南隣の藤原岳(1140) にも登って帰ることにした。

  この山行で重要な足溜りとなる泊り場探しは思った以上に難航した。
登山口付近の宿が片端から廃業したあと、西藤原に唯一モリカワヤと言う民宿が生き残っていたのだが四日市-滋賀ガスパイプライン敷設工事で滞在している作業員達で満員が続いていた。
地元の観光協会にも手伝ってもらってあちこち探しまわった末、西藤原から6Km ほど東の阿下喜にある六石高原ホテルに予約を入れた。
御池岳取付きの鞍掛峠(800)まで16Km も離れているのが難点だったが日帰り温泉に付帯(?)したビジネスホテルで、食事・温泉付きプランがリーズナブルだった。

御池岳 丸山 から御在所岳方面    
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☆行動記録
5月22日(曇) 當麻寺-大和八木-桑名-阿下喜
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  前日(5/22)、堺から當麻寺まで3日の古道歩きを終えて帰京する仲間から分かれたあと、橿原神宮前-大和八木-伊勢中川を経由して桑名へまわり、北伊勢の阿下喜に向かった。
近鉄線で大和から伊勢に出るルートは何度も通っていて沿線風景も見慣れたものになっていたが、桑名で乗り継いだ三岐鉄道北勢線は今時珍しい 762mm 軌間のナローゲージ路線だった。
黄塗りの車両は綺麗に磨き上げられ、乗客も地元高校生などが大勢いて一見、廃線の危機にさらされている慢性赤字路線と思えなかった。

  モーター音を響かせ、グラグラ揺れながら員弁川谷を遡ってゆくと徐々に鈴鹿の山並みが近づいてきた。
昔登った釈迦ヶ岳、国見岳、御在所岳の山並みが次第に形を変えながら後ろに移って行き、北伊勢の平野から急峻に立ち上がっている藤原岳の巨体が行く手に迫ってきた。
西桑名から終点の阿下喜まで50分ほどもかかるスローなローカル鉄道の旅だったがったが思いがけない山岳展望に触れ、大いに楽しんだ。

  阿下喜駅の近くには、大きなショッピングセンターと日帰り温泉がある。
食料品などを補給したあと歩いて10分ほどホテルに向かった。
インターネットでレートの低い部屋を予約していたら、窓の外が建物背後の丘の斜面で、鈴鹿の山並がは見えなかったのは残念だった。
ただ、客室はやや狭目ながら標準的なビジネスホテルの体裁で、温泉にも入れた。
山登りの泊り場としては我慢の範囲内だったとも言えよう。

<5月22日の行程>
    當麻寺[13:31]=(近鉄南大阪線)=[13:51]橿原神宮前[14:00]=[14:03]大和八木[14:21]=(近鉄特急鳥羽行)=[15:12]伊勢中川[15:16]=[15:59]西桑名/桑名[16:19]=(三岐鉄道北勢線)=[17:11]阿下喜(17:45)-(17:55)六石高原ホテル

5月23日(晴) 鞍掛峠-北鈴岳-御池岳-冷川
もどる  
<行動時間>
    阿下喜[7:00]=(Taxi 5290円 15.6Km]=[7:30]鞍掛トンネル東口(7:40)-鞍掛峠(8:05)-展望尾根(8:30/40)-鈴北岳(9:16/30)-元池分岐(9:35/44)-真ノ池(9:50)-御池岳(10:17/35)-ボタンブチ分岐(10:56)-奥の平(10:59)-ボタンブチ(11:15)-御池岳(11:37)-真ノ谷道交差点(11:52)-六合目コグルミ谷下降点(12:10/15)-長命水(12:33/35)-コグルミ谷出合(13:02)-林道分岐(13:43/13:50)-(14:20)冷川[14:25]=(いなべ市福祉バス 無料)=[14:50]阿下喜駅前(15:10)-六石高原ホテル

<概要>
    早朝タクシーで鞍掛峠へアプローチした。
距離は16Km 弱あって時間で約30分、運賃で5000円あまりかかったが500m ほどの高度差を稼げたお陰で御池岳に登るアルバイトをいくらか軽減できた。
三重・滋賀両県を隔てる尾根上の鞍掛峠を2系統の送電線が乗り越えていた。
峠へ登る道も送電線巡視路でよく整備され歩き易かった。
あとで聞いたことだがこの峠が関電と中電の境界で、昨年夏の電力不足の際にはここを乗り越えている送電線が大活躍したと。

  峠の祠の脇で左折して南に向かい、県境尾根をゆるやかに登ってゆくと徐々にまわりの樹木が疎らになって視界が開け、やがて行く手に御池岳の頂稜が見えてきた。
ゆったりと起伏する尾根筋は、僅か1000m あまりの低山とは思えない雄大な様相だった。

鞍掛峠南から御池岳稜線    (クリックすると拡大)
  さらにひと登りすると笹原の広がりの中に出た。
振り返ると正面に霊仙山が大きく、その背後の雲間に金糞岳、そして右手に伊吹山が立っていた。
綺麗に晴れ上がった五月晴れの空と誰も歩いていない静かな山との間に身を置き、この上なく贅沢な時間を楽しんだ。

鈴北岳付近から霊仙山、伊吹山方面    (クリックすると拡大してスクロール)
  更にひと登りしして小ピークを越した先で右手にまわり、やや急に登って鈴北岳の頂上に上がった。
行く手に霊仙山の山上でみたのとよく似た緩やかな起伏の広がりに面し、その向こうに樹木に覆われた御池岳頂上がコンモリ盛り上がっていた。

鈴北岳頂上から見た御池岳    (クリックすると拡大してスクロール)
  鈴北岳の南斜面は所々に疎らに低潅木が生えている笹原で、白い岩群のカレンフェルトといびつな漏斗状のドリーネが散在している。
笹原の真ん中に元池分岐の標識が立っていた。
御池岳の方からきた熟年単独者が歩きまわっていたので声を掛けて池探しに参加。
あたりの踏跡を追ってみたが水溜りは見えず。 先が長いので中断してもとに戻った。

鈴北岳頂上南のカレンフェルト    (クリックすると拡大)
  真ノ沢源流部の溝を通っている道の脇の窪地にある真の池の少し先で御池岳頂上への道が分岐していた。
右に折れて緩く登ってゆくと闊葉樹林の中に入り、あたりが少し湿っぽくなる。
蛭が多い山と聞いていたが、雨後にこのあたりを通ると蛭が取り付いてきそうな雰囲気があった。
さらに登り続けてゆくと前の方が明るくなり、やがて白岩が積み重なった御池岳頂上に着いた。

  まわりを樹木に囲まれているので展望はパットしないが落ち着いた雰囲気の漂う良い休み場だった。
着いたときは誰もいなかったが、暫くするとコグルミ谷の方から中年女性二人組が登ってきた。
愛知県からだそうで、ほとんど地元といってよく、このあたりはよく登っている様子だった。
ご相伴に預かったりんごが美味しかった。 

御池岳頂上 竜ヶ岳御在所岳方面の眺め    (クリックすると拡大してスクロール)
  存分に休んだあと立ち上がって歩き出したがコグルミ谷の方に降りて行く積りだったところを誤って丸山から奥ノ平の方へ進んでしまった。
分岐が不明瞭だったのと地形がしっかり頭に入っていたのとによるルートミスだったが、右手の樹間にちらちら鈴鹿の山並みを見ながら進んで丸山の頂上に上がり、その先へ降りかかるとパッと視界が開け、下のような景色と対面した。
 
丸山頂上北側から見た奥ノ平    (クリックすると拡大してスクロール)
  思いがけない素晴らしい展望に引っ張り込まれるよな感じで笹原の中に進出て、ひと時のあいだ一期一会の山上散策をした。
ボタンブチ分岐のあたりでは近景のゆるやかな笹原と、その先に連なる鈴鹿の山並が見事だった。
奥ノ平の天辺をまわって笹原の中を横断している踏み跡を通ってボタンブチへ。
しばらくの間、足の向くまま彷徨っていたら方向感覚がおかしくなってきた。

ボタンブチ分岐のあたり    (クリックすると拡大)
 
  コグルミ谷下降点を探り出すには現在位置と方向感覚を再建しなければならない状態に陥っている、と思ったのであらためて丸山に登り返し、さっき歩いてきた道を逆に歩いて御池岳頂上に戻った。

  下降路入口の標識を探しながら歩いて行ったが見つからないまま御池岳頂上に上がった。
あちこち見回したがもうひとつはっきりしない。
たまたま地元ハイカーらしい中年男が花の写真を撮っていたので下降点の場所を教えてもらった上で下降路に入った。
入口から20m ほどの所にY字分岐があって、壊れた道標の腕木が地面に置いてあった。
コグルミ谷の方から登ってきた人達にはとっては見やすい場所で、右にでゆけば御池岳頂上で左は丸山とすぐ分かるのだが、鈴北岳の方から歩いてきた他所者にとってはとても見つけにくい状態になっていた。

  もう半時もたつと昼どき、と言うタイミングに下山を始めたせいか次々に登ってくるパーテイとすれ違った。
中年熟年女性のグループが多いように感じた。
御池岳は花の名山として人気が高く、大勢がコグルミ谷登山口から登降しているようだった。
谷溝を下ってゆく所では登山道の脇に色々花が咲いていた。
石灰岩のせいか、花の色や形が他所とは違っているようだった。

  天ヶ平から白瀬峠までさらに尾根伝いを続けたあと坂本に下山する計画だったが美しい山上の彷徨で時間を費やしたのでそちらは割愛、まっすぐコグルミ谷登山口へ下山することにした。
小尾根の下りの末端近くに長命水と呼ばれる名水が湧き出している。
おいしい水で喉を潤したあと、白岩が積み重なった歩き難い谷道を下って登山口に出た。
朝方タクシーで登ってきた国道をのんびり歩いて1時間半ほどで冷川に下山。
定刻5分前にいなべ市営福祉バスのバス停に着いた。
この一帯は、以前は路線バスが運行されていたの廃止され、そのあとにいなべ市営福祉バスが運行されて高校生の通学やお年寄りの通院の足になっている。
運賃は無料で、他所から来たものもただで乗せて貰える。

  冷川から阿下喜駅前まで、右手に藤原岳を見ながら25分ほどだった。
駅前のショッピングセンターで食料やみやげ品を調達してホテルに戻ったが、どうかな、と思った御池岳を余裕を持って歩き切れて大満足の一日だった。
  

<詳細スライドショー>



GPS スライドショー



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5月24日(曇時どき晴) 大貝戸から藤原岳 もどる  
<行動時間>
    六石高原ホテル(6:50)-(7:00)阿下喜駅[7:18]=(いなべ市Iバス治田線)=[7:25]伊勢治田(ハッタ)駅[7:45]=(三岐鉄道三岐線)=[7:55]西藤原(7:57)-大貝戸登山口(8:13)-四合目(9:10/20)-八合目(10:05/15)-藤原山荘(10:55/11:00)-藤原岳展望丘(11:20/45)-藤原山荘(12:08)-八合目(12:40/55)-四合目(13:24/30)-不動像(13:48)-登山口休憩舎(14:00/35)-(14:50)西藤原駅[15:08]=[15:55]近鉄富田[15:59]=[16:29]近鉄名古屋/JR名古屋[17:24]=(ヒカリ#528)=[18:51]新横浜=あざみ野=(19:31)宮崎台

<概要>
    幸運にも2日続きの好天に恵まれることとなったので最後のおまけとして藤原岳にも登って帰ることにした。
高さは御池岳よりわずか低いが西藤原からの登降差が 1100m ほどある。
ここ2~3年、精々5、600m 程度の山しか登っていないのでこんなの登って大丈夫だろうか?、と思ったが今は聖宝寺ルートが閉鎖されているため大貝戸道の往復になる。
いよいよ厳しかったら途中で反転すればいい、と割りきった。

  3日の古道歩きと、2日の山と、長旅に必要だった装備の大部分と洗濯物と、地物の土産と、好天の日帰り山行に不要なものはすべて宅配便で別送し、サブザックの軽装になって早朝ホテルを出発。
通学の高校生に混じって前の日にお世話になった運賃無料の福祉バスに乗り込んで伊勢治田駅へ行き、三岐鉄道線で西藤原に入った。

  大貝戸ルートは駅の先500m ほどの所にある電器店の角を左折して山に向かい、300m ほど進んだ所にある神武神社の鳥居から始まる。
鳥居の手前には驚くほど広い駐車場と大きな休憩舎があった。
週末など大勢が押しかけるのにあわせて整備された施設なのだろうが、この日は閑散で地元消防団の3人組のほか、単独行者3人と前後して歩いた程度だった。

  ルートは非常によく整備されて歩きやすく、時間にして10~15分ごとに出てくる合目標識に励まされなが歩き、意外に楽に高度を稼ぐことができた。
九合目の標識は下が切れ落ちた小尾根の背で見晴らしがよく員弁川谷から桑名方面への展望が開け、気分爽快になった。

藤原岳九合目から阿下喜、桑名方面    (クリックすると拡大)
 
  九合目あたりから先は白岩の露岩が増えてきて歩き難くなったが、それと引き換えるかのように花が多くなってきた。
間もなく樹木が矮小化して傾斜が緩み、右手へ一段登ると藤原山荘の前庭だった。
2棟ある小屋の左側が無人開放になっていた。
1階は土間だが2階は六畳ほどの広さがあり2、3枚の毛布が置いてあった。
  近くに水場がないのでそれなりの準備は必要だが、快適に泊まれそうに思われた。
  内部の状態を記録する写真に撮っていたら1階で休んでいた単独の男に難癖をつけられた。
無断で撮った他人の写真を消去せよと言い張る。
遠くから撮ったので顔は写っていないと言ったのだがどうしても消せと言う。
目の前で消去してみせたあと、「小屋の状態を記録する必要があるので撮り直しをするから良いと言うまで小屋の外に出ててください」、と言って撮り直した。
  半世紀以上もの間山歩きをしているうちでワーストクラスの後味の悪い出来事に遭って気分が悪くなったので、急いで小屋を飛び出し、展望丘に向かった。
 
(クリックすると拡大)
  展望丘は小屋の北にある天狗岩より10数m 低いのだが白岩の積み重なった高みで眺めが良く、一般的には藤原岳の頂上とされているらしい。
南西は谷向いの竜ヶ岳から釈迦ヶ岳、御在所岳へ続く鈴鹿の核心部を縦觀。
北には天狗岩から御池岳への尾根筋が迫力のある眺めだった。
空気が澄んでいる時は能郷白山から加賀の白山まで見えると言う。

  下山は下のパノラマのように広大な笹原の中を緩やかに下ってゆく道から始まった。
道脇のあちこちに花がさき、中には花筵になっているところもあって、なかなか忙しい下山路だった。

展望丘から見た藤原岳山上の平原    (クリックすると拡大してスクロール)
 
 
  この日の下山は普段の山行ではあまりやらない往復登山だったので下山路は至って気楽だった。
登ってきた道は既に頭に入っているので所要時間の計算が立ち、休憩場所の予定もできる。
登りで休んだ八合目と、四合目と、二度の休憩を経て登山口の休憩舎に戻り、帰りの電車の時間を確認した上でゆっくり休憩した。
休憩舎の内部の大部分はコンクリート床とテーブルだが片隅に八畳ほどの床が張ってある。
寒い季節でなければ仮泊もできて利用価値が高いと思った。

  濡れタオルで身体の汗を拭い、乾いたたシャツに着替えたらさっぱりした。
  早目の時間に西藤原駅に行った。
この駅は駅舎とトイレがSLと客車をかたどったデザインで、構内に古い SL、DL、EL が展示されている。
さらに構内の北側に1/8スケールの大規模な模型鉄道が敷設してある。
週末には模型SLなどが運転され、大勢の鉄道ファンや家族連れが集まるらしい。

  ここから近鉄富田まで運行されている電車の車体には見覚えがあった。
ほに乗客がいないのを幸い、最前部の席に座って運転席を覗きこんでいたら、西武鉄道のネームプレートが残っているのが目に入り、昔、足繁く奥秩父方面の山に出かけていた頃、お世話になった車両だったことが分かった。
長い年月を経て遥か遠方の奥伊勢の山登りで再会したのはまさに奇遇だったと言えよう。

<ルートの詳細>




GPS スライドショー



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☆おわりに
    3日の古道歩きのあと手応えのある山をふたつ登るのは年不相応で荷が重いかな、と思ったがルートが良く整備されていたのと好天に恵まれたお蔭で思ったより楽に計画を完遂できた。
特に、御池岳は山自体が綺麗だった所へ、滅多にない清透な晴天に恵まれたお陰でまわりの山々の眺めが素晴らしく、最高の山行だった。