鳶尾山から八菅山 (2010.1.25)


☆期日/天気/山行形式: 2010年1月25日 晴 単独軽ハイキング
☆地形図(2万5千分1): 上溝(東京11号-4)、厚木(東京12号-3)
☆まえがき
  前回の白山の計画を立てるとき神奈川の分県登山ガイドブックを見ていたら、残り僅かとなった未踏の山の中では鳶尾山と八菅山が横綱格と言うことに気が付いた。
中津川西岸に連なる丘陵といってもよいくらいの超低山である。
山が小さいのでふたつ繋いで歩いて見ることにして、冬晴れの日に行ってみたら、綺麗で眺めの良い山だった。
年寄りが、寒中の運動のために歩くのに手ごろな好ルートの低山と思った。

八菅山展望台から相模原方面の展望  
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☆行動記録とルートの状況
<詳細>
     詳細なルートの状況は EvryTrail の GPSトラック付きスライドショーでご覧頂きたい。

<行動時間>
宮崎台[7:52]=中央林間=相模大野=本厚木[8:55]=(神奈中バス)=[9:24]鳶尾団地(9:35)-天覧台公園(9:45)-金毘羅神社跡(10:01)-展望台・征清軍人陣亡碑(10:05)-棚沢八菅橋分岐(10:15)-鳶尾山(10:30/40)-鳶尾山峠(10:52/53)-T字路(11:07)-八菅神社下社(11:16/27)-八菅神社奥ノ院(11:40/42)-展望台(11:55/12:10)-車道(12:21)-クラブハウス前(12:38)-(12:54)上荻野バス停[12:53+3]=(神奈中バス)=[13:20+11]本厚木駅[14:14]=町田=長津田=宮前平

<概況>
    鳶尾山の登り口は鳶尾団地の背後にある。
鳶尾団地は大規模な新興住宅地で近くに神奈川工業大学もあり、本厚木駅前からバスが頻発している。
団地の中ほどにあるターミナルの前の道路から北西の方を眺めると右手の山から尾根が降りてきているのが見えるが、その末端が鳶尾山の登り口である。
僅か進んだ所にある十字路の交番の筋向いに渡ってすぐ先の園地の入口のコンクリート壁に "鳶尾山ハイキングコース" と書いてある。

  尾根の末端から鉄パイプの手摺のある急な階段が山に上がっている。
いきなりの階段の急登は息が切れるが登りきって石鳥居の脇で振り返ると眺めが良い。

  鳥居の先は穏やかな尾根道になって左下に鳶尾団地を見下ろしながら進むようになる。
屋並みの背後に経ヶ岳から仏果山、高取山への山並みが連なり、ちょっとした森の都の風情だ。
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  穏やかな尾根道の先にある金毘羅宮跡の脇を過ぎて高い鉄製の展望台と大きな石碑が立っているピークに上がった。
石碑は日清戦争の戦死者の追悼碑で、征清軍人陣亡碑と刻まれている。
ピークの裏側の下りに掛かると、行く手に鳶尾山の本峰が見えてきた。
鳶尾山本峰   (クリックすると拡大)
  短いやや急な下りが終わろうとするあたりで前方左手に高取山・華厳山から経ヶ岳・仏果山への連なりが見え、小さな山に似合わない立派なスカイラインを描いていた。
高取山・華厳山から経ヶ岳・仏果山   (クリックすると拡大)
  展望台峰と本峰との間に平地があった。
小さな山に似合わない広さの平坦地で、自然にできた地形ではないのかも知れない。
広場の真ん中で右手に道が分かれ、中津川西岸の棚沢に行けると記した杭が立っていた。

  左手に回りこんで行き、コスモス畑と記したパイプの柵の脇で山の下から登ってきた道に合流。
右手に回ってゆくと鳶尾山の頂上は近い。

  鳶尾山はわが国最初の三角測量が行なわれたときに一等三角点が置かれた所だという。
ガイドブックには標石は破壊され基礎の金属が残っているだけ、と記されていたが、今は標石が復元されていてそのまわりを丸石が護っていた。

  鳶尾山頂上は緩やかに盛り上がった広場で、数基の野外ベンチが置かれていた。
葉を落したまわりの樹木の間に視界が得られ、特に東面の相模原方面の眺めが良かった。
山の麓を中津川が流れ、その先に広々した相模野が広がっていた。
この山は山麓に住む人たちの健康ウオークのフィールドになっているようで、空身の散歩スタイルの老人が行き来していた。
鳶尾山から相模野を望む   (クリックすると拡大)
  頂上広場の西の端から裏側をひと下りしてしばらく歩き、もう一段降りると舗装路が乗り越している鳶尾山峠だった。
右折して山を回りこんで行き、八菅沢を渡ったところでまた右折するとすぐに人家が現れ、八菅神社の里宮に着いた。
鳥居が立ち、社務所と宝物殿、公衆トイなどがある。
舗装車道になっている女坂を登って行くと里宮から真っ直ぐ上がってきた男坂の石段と交差する。
石段の最後の部分を登ると奥の院の前に出たが、山中の社殿の大きさに驚かされた。
女坂の舗装車道は奥の院下をグルゥーッと回って建物の裏側で尾根の背に乗っている。
尾根上の道の左右は森林公園風に綺麗に整備されている。

  道が山にかかる所に老人と若者が居て竹箒で道を掃いていた。
八菅山は明治政府に弾圧されて衰退するまで修験道の中心地として盛況だったという。
この山から始まって経ヶ岳から仏果山、日向山から大山と三ッ峰、丹沢表尾根の大日のピークなど、あちこちに残っている仏教的な地名はその痕跡なのだそうだ。

  展望台は最高点の手前の高みにあり、そのまわりは綺麗に整備された園地になっていて、東屋や野外ベンチなどがあった。
鉄のスノコの展望台に上がると西の方にページ冒頭のパノラマ写真のような広大な眺めが得られた。
後ろ側、西の方は下の写真のように木の枝が邪魔しているが、谷向かいに大山から三ッ峰あたりの連なりが綺麗だった。
八菅山展望台から丹沢方面を望む   (クリックすると拡大)
  展望台の下にある展望方位盤の脇の石段に座って暫く休み、飲み食いをした。
このあたりも山麓住民の健康ウオークフィールドになっているようで時どき人が通り過ぎてゆく。

  展望台の先のは土道になるが期待に反して山の最高点には上がらず、その肩を巻いて通り過ぎ、間もなくゴルフ場の上縁を通っている車道に出た。

  ゴルフ場のグリーンを見下ろしながら車道を進んでゆくと、所々で鳶尾山や経ヶ岳がよく見えた。
数箇所に分岐があるが、それぞれ道標が立っていて迷わずに進めた。
  中津川沿いの幣山に降る道の分岐を見送るとすぐゴルフ場メンテナンス設備の建物の前にでた。
鋭角に折り返すような形で尾根の西側に降り、幅が広がった車道をひと下りした所に中津川ゴルフ場のクラブハウスがあった。
  クラブハウスの先はすぐに里道になり、まわりの畑や山を見ながらノンビリ歩いて上荻野のバス停に出た。
ここは宮が瀬ダム・煤ヶ谷と本厚木を繋ぐバスのルートで、運行本数はあまり多くないが、今回はタイミングがよく、ほんの2、3分待っただけで厚木行きのバスが来た。
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☆おわりに
   鳶尾山から八菅山は至って地味な超低山だったが、年寄りハイカーが厳冬期の運動不足を解消するには格好の綺麗な山で眺めもとても良かった。