足柄峠-矢倉岳-浜居場城跡-酒水の滝-河村城址(2009.4.12)


☆期日/天候など: 2009年4月12日 快晴
☆地形図(2万5千分1): 関本(横須賀13号-1)、山北(東京16号-4)
☆まえがき
    3年前の1月、矢倉岳に登ったときは大雪だった。
冬富士の展望が目当ての陽だまりハイクの積りで出かけたところ、新松田でバスに乗った時は小雪が舞っているくらいだったのが、矢倉沢で降りた頃には本降りになり、尾根を登ってゆくにつれてますます強まった。

  僅かな時間で20cm ほども降り積った雪を踏み分けて登り着いた頂上は、富士山を眺めるどころか、まわりの山さえよく見分けられない状態だった。
雪の尾根道を歩いて足柄関所跡へ回って地蔵堂に下ったのだが、山麓近くの車道がツルツルで滑りやすく、上部の山道よりずっと歩き難かった。
清水越えの雪の中に立っていた道標に、山の裏側へ向けた腕木が取り付けられ、"21世紀の森、酒水の滝" と記してあったのが頭に残った。

  この冬から春にかけては、 熱海玄岳と、湯河原日金山と、箱根周辺への山行が続いた。
ついでのもうひと山として矢倉岳にも登り、前回見損ねた頂上の展望がどんな風なのか、実見してみようと思った。
山裏の酒水の滝への下降ルートは、展望の山頂と名瀑をつないで歩けるところに惹かれたのだが、一般的な案内書などでは情報が得られず、僅かに薮尾根マニアと城跡マニアの記録がネット検索で見つかっただけだった。

  地形図で見た限りでは穏やかな地形の尾根だから、薮さえひどくなければあまり苦労しないのではないか、と思った。
無事に滝まで行き着けたところでまだ余力が残っていたら、酒匂川対岸山上の河村城址にも登り、桜トンネルで有名な御殿場線山北駅まで歩けば、内容充実の低山歩きになると考えた。

  幸い、穏やかな晴天に恵まれ、ルートもよく整備されていたお蔭で、意外と楽に計画を完遂できた。
山頂は賑やかだったが裏通りは人通りがなく、静かな春の山を満喫できた。
山北の桜はすでに散り終えたあとだったが山上の21世紀の森では随所に色とりどりの桜が咲いていた。

矢倉岳頂上の展望櫓からの眺め   
 (画像をクリックすると拡大、スクロールします)
☆行動記録とルートの状況
<タイム記録>
    宮崎台[6:27]=中央林間=相模大野=[8:01]小田原[8:12]=[8:34]大雄山/関本[8:40]=(箱根登山バス)=[9:07]足柄万葉公園(9:10)-足柄関所跡(9:25)-足柄万葉公園(9:35/45)-清水越(10:30/40)-矢倉岳(10:55/11:15)-清水越(11:30)-浜居場砦跡(12:05/10)-21世紀の森東屋広場(12:30/46)-アンテナ手前の下降点(13:15)-観瀑台(14:10/20)-酒水の滝(14:28/30)-日向(15:00)-河村城跡公園(15:20/35)-(16:05)山北駅[16:36]=松田/新松田=相模大野=中央林間=[18:22]宮崎台


◆週末のみ関本(大雄山駅前)から足柄万葉公園まで運行されているバスで足柄峠に上がった。
時間が早かったせいか乗客は同世代がもうひとり乗っただけだった。
労せずに上がった山の上の万葉公園は、入口に松の巨木が立ち、その脇に東屋があった。

 (画像をクリックすると拡大します)

  矢倉岳に向かう前にまず、足慣らしを兼ねて足柄関所跡へ往復した。
この前の大雪のときとは大違いの穏やかな春の朝の山上散策で、林の切れ間から真近かに見えた富士山も、なんとなく眠たそうな雰囲気だった。

 途中に神奈川から静岡に入る事を示す県境サインがあった。
このあたりは稜線が県境になっているため、車道が稜線の南側から北側に乗り越すと県が変わる。

  静岡県内に入って6、7分ほどの所に足柄関所跡があった。
ここは3度目だったがいつ来ても同じように見える。
関所の門は映画 "乱" のセットだそうだ。

  道端に立つ石文に年表が刻まれていた。
碓氷峠とならんで9世紀末に関所が置かれた古来の要衝で、日本武尊や空海なども通ったという。

  関所の向かい側に、空海所縁の足柄聖天堂がある。
お堂の入口に金太郎の石像があった。
割りと新しいもののようだが、可愛らしい金太郎だ。
乗っている熊も優しい顔をしている。
相撲に負けてしまったせいか?
  万葉公園に戻り、東屋のベンチで山支度をした。
久し振りに革登山靴を履いてきた。
小さな山だが山裏のルートがどうなっているか状況がよく分らなかったのでルートが荒れていても突破できるよう、準備した。

  小田原駅で起動した GPS が間違いなく動作し、これまで移動した軌跡が間違いなく記録できているかも確認した。

  東屋から歩き出した道の脇に歌碑が立っていた。
"足柄の御坂に立して袖ふらば 家なる妹は清に見しかも" と刻んであった。

  万葉公園の中の道は至って歩きやすかった。
右前方の樹木の間に矢倉岳が見え、土手にはスミレの群落が咲いていた。

  地蔵堂へ下るルートの分岐をふたつ過ぎるとやや登り気味になった。
ひと登りで矢倉岳の肩ともいべき所にある尾根のジャンクションの清水越に着いた。

  尾根道と乗越道が交わる十字路だが、乗越点は三又路になっている。
矢倉沢から登ってきた道が5、60m ほど手前で尾根道に合流しているためだ。



  乗越でひと息入れたあと頂上に向かった。
まわりの林はまだ冬姿のままで、明るい春の日が差し込んでいた。










  丸太階段が断続する急登を抜けるとまわりが開けてきて、やがて頂上広場の端に出た。
広い枯れ草原にザッと30人あまりのハイカーがいて賑やかだった。

 (画像をクリックすると拡大します)

  万葉公園の駐車場には僅かな数の車しか停まっていなかったし、途中でも人に遭わなかった。
ほとんどの人は矢倉沢から登ってきていたようだった。

  足柄峠の方を振り返ると富士山がぽっかり春霞の中に浮んでいるように見えた。

  山の名と語呂を合わせたのか、広場の奥手に角材を組み合わせ展望櫓があった。
櫓の上からは冒頭パノラマのような広大な展望が見えた。

  この前来たときは地元の二人組と3人でこの櫓の下に潜り込んで雪を避けたが今日はその必要もない。
写真を撮り終えたあと、櫓の根方に腰を下ろして寄りかかり、ノンビリ休憩した。

  長い休憩のあと清水越に戻った。
乗越近くの山桜が咲き始めていた。

  乗越に立つ道標の指示に従って酒水の滝ルートに入った。
道の右側に潰れかけた金網柵がある。
小尾根を下って行くあたりの道はよく踏まれて明瞭だ。
道端に立っている道標も割りと新しい。
ルートの状態がよく、案外に楽に歩けるのではないかと言う感じがした。

  小尾根をひと下りすると右下に細い水流のある小沢があった。
小沢を渡り、対岸の斜面を斜上すると21世紀の森・酒水の滝ルートの尾根の背に乗った。

  よく踏まれた幅広の山道を進んでゆくと浜居場城址を回って行くルートの入口を示す道標が立っていた。
右手の城址まわりルートに入ってみた。
檜林の中の踏跡は薄く、一部に不明瞭な部分もあったが、迷うような所はなかった。
  "694" と地形図に記入されている小ピークを越し、その先の鞍部からひと登りすると浜居場城址に着いた。
檜林に覆われた広い平頂に標柱と道標、一段下に古く朽ちかけた野外ベンチがあった。

  武田勢に対する北条側の備えとして築かれた山城と言う解説文を記した看板も立っていた。
  城址の先は造林用車両なら通れそうな幅の道になったが、落ち葉の積り具合から人も車もあまり来ていないように見えた。

  尾根の背を進んでゆくと前方に電柱が見えてきた。
地形図に "606" と記入されている地点にある電波塔に電力を供給するためのものと思った。

  電柱の横手に着いて見たら横手の広場に一面檜の苗木が植えられていた。
広場は最近撤去された鉄塔の跡地のようで、送電線は、最奥の電柱の碍子の先で切断されていた。

  電線の下の道はセメントの簡易舗装路になった。
すこし先で浜居場のピークを巻いてきた道と合流したあとは幅が広がった。
 (画像をクリックすると拡大します)

左側が松の幼木林になっている所があり、その梢の先に大野山が見えた。
 (画像をクリックすると拡大します)

  尾根の背が平らに広がり、高原状の地形になった。
道が右手に曲がり降りてゆく所で、下の方に森林館らしい大きな屋根が見えた。

まわりが園地風の疎林になり、山桜が咲き始めていた。
 
 (画像をクリックすると拡大します)
  "森林館" への入口の道標の横を通り過ぎた道端に "セントラル広場" と記した看板と、21世紀の森のレイアウト地図が立ち、その先に東屋のある広場があった。

  広場を囲む立ち木の中に桜の木が混じっていて、5-6分咲きになっていた。

  いくらかの薮漕ぎやルート不明瞭を覚悟して踏み込んだ山裏のルートだったがまったく問題なくここまで歩き抜けることができたため、楽勝ムードになった。

気温も程よく上がって気分が良い。
広場の真ん中の野外ベンチで長い休憩をした。

  広場の先はさらに幅の広い舗装路になった。
檜の採種場、神奈川の市町村の木の展示場などを見て行くと大きなトイレ棟と、果実乾燥場兼休憩舎と記した看板が架かっている建物があった

 

  右手にイモジ山(560)見上げて進むあたりの道の左脇に、大きな標柱が立っていた。
かなり以前に立てたきり放置してあるようで、文字形が朽ちかけ、読み難くなっていた。

  道端の土手の上に東屋を見た所から100m ほど先で砂利林道が左に分かれ、角に "酒水の滝" と記した道標が立っている。


  砂利道に入り、500m ほど進んだところにテレビの中継アンテナが立っていて、その手前から酒水の滝への下降路が始まっていた。
入口の角に道標が立っている。

  常緑樹の多い尾根の道を下ってゆくと滝沢の斜面を巻いてきた道に合流した。

  この道は地形図に破線として記されているもので、尾根のかなり高い所を等高に巻いて、酒匂川谷の平山集落の南まで通じている。
密林の中のため展望には乏しいが、道端にシャガや山吹が咲いていたりして気分が良い。

  林の切れ目からは酒匂川谷の人家や東名高速道、その背後に立つ高松山が見えた。


  左側が竹薮になった所に分岐があった。
左折して竹薮の間を下って行くのが酒水の滝へのルートだ。

下ってきた者には見え難い場所に道標が立っているので要注意だ。

 (画像をクリックすると拡大します)
  竹薮はすぐ終わり、コンクリート舗装の車道をくねり降りてゆくと段々畑の中に出た。

  八重桜が咲き、その先の谷の中に酒水の滝が見えた。

  もう少しで谷底と言うところに観瀑台があった。
道路から張り出したテラスの上に輪切り丸太が置いてあったのでそのひとつに腰を下ろしてしばらく休んだ。
相模第一の滝で、3段合わせて100m 超の落差がある。

  洒水(しゃすい)は密教用語で、清浄を念じてそそぐ香水のことだという。
  休憩のあと谷底まで下り、遊歩道を歩いて滝を見に行ったのだが、工事中のため滝壺には近づけず、結局、観瀑台からの眺めが一番良かったということになった。
  全国銘水百選のひとつに数えられている滝の下手の水汲み場でペットボトルに水を汲んで戻る途中、丹沢山最勝寺に立ち寄った。

  鎌倉時代に文覚上人が修行した古刹で、滝を背に不動堂が立っている。
本堂の内部が綺麗だったので賽銭を上げて拝んでいたら和尚さんが出てきた。

  どこから来たかというので足柄峠から矢倉岳を回ってきたと言ったら驚いていた。

  寺の石段を下って川沿いの遊歩道を歩いて、酒匂川沿いの道路に出た。
橋が架かっていてその袂に立っている電柱に "河村城址" と記した道標が取り付けてあるのを見付けた。
 (画像をクリックすると拡大します)

  滝沢沿いの道から酒匂川に架かる橋を渡り、対岸の日向集落の中を歩いてゆくと左のような社があった。
村の鎮守のようだが、背後の山裾一面が山吹の花に覆われ、滅多にない美しい景色だった。

  日向の集落の先の方にあった道標に従って山に向かう車道に入り、ひと登りすると小さな駐車場があった。
道標に従って鋭角に折り返し、城址に向かう道に入った。

  山道はよく整備され歩きやすかったが、川岸から城跡までの高度差が約120m。
長い距離を歩いてきた老体には少々きびしい登りだった。
 (画像をクリックすると拡大します)

  登りが終わると、広々とした城址公園に着いた。
平安時代末期に起源を持つ古い城の跡で、南北朝時代の戦い、戦国時代の北条・武田の戦い、などの記録が残っている。

  酒匂川からの高距120m ほどの山の上であるにもかかわらず、城の規模が非常に大きいことで驚かされた。


  奥手の野外ベンチで長い休憩をした。
かなり疲れたが、好天に助けられて長丁場を順調に歩け、満ち足りた気分だった。

  傾いてきた日を浴びながら山を下った。
疲れが出てきた脚が痛んだが、道端に咲く山吹や野草の花に慰められた。


  城山を下り、国道の下を潜って御殿場線の線路沿いまで来ると鉄道公園があった。
御殿場線を走った蒸気機関車 D5270 が展示されていた。
もとは貨物列車牽引用として設計された機関車で、大きなボイラーを搭載し、いかにもパワーが出そうだった。
 (画像をクリックすると拡大します)

  有名な御殿場線の桜トンネルは全部散り終わり、姥桜のトンネルになっていた。

  最後の部分では疲れが出て大幅スローダウンとなったが、最終的には辻褄が合い、予定の列車には余裕を持って間に合った。
ページ先頭      
☆おわりに
    矢倉岳頂上の展望は期待以上に素晴らしかった。
浜居場城址、21世紀の森を経て酒水の滝に下る山裏のルートはよく整備され、何も問題なく歩けることが分った。
こちら側は森林館を経てかなり高い所まで車で上がれそうだ。
マイカー利用で矢倉岳に登るならこちらからの方が楽に登降できるかも知れない。


  清水越から浜居場、21世紀の森を経て酒水の滝へのルートはあまり情報が出ていないようなので参考のため GPS トラックを掲出する。

  左は縮小図で、クリックするとカシミールの2万5千分1地形図に重ね書きした元サイズのトラック図が表示される。
一部、道筋からずれている部分もあるが、全体としてはかなり正確な軌跡記録が取得できている。

物好きのお役に立てば幸いである。