焼津アルプス、丸子-朝鮮岩-満観峰-日本坂-花沢(2007.3.31)


☆期日/山行形式:
2007年3月31日
☆地形図(2万5千分1): 焼津(静岡11号-2・4)、静岡西部(静岡11号-3)

☆まえがき
    この冬の低山シーズンは千葉や静岡にも行く積りだったのが、外秩父・奥武蔵一辺倒で終わってしまった。
今の時季は春山の盛りで、もとはスキー、ピッケルを持って高い所をうろつき回りに出かけるのが常だったが、もうそれほどの元気は出てこない。
行きそびれた山も気になるので、思い切って低山モードの店仕舞を延期。
焼津アルプスに行ってみた。

  焼津は、日本武尊が東征の折に焼き討ちに遭ったが草薙の剣で伐り払った枯草で迎え火を燃やして難を逃れた伝説による地名で、日本坂西麓にある花沢のあたりは、かつて "やきつべの里" と呼ばれていたと言う。



沼津アルプス、朝鮮岩の展望    
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 地形図で見ると、焼津アルプスの主稜は歪んだ "エ" の字になっている。
文字の右側が静岡と安倍川、左側が焼津の市街で、天辺が海だ。
今回は右上の静岡市丸子(13)から井尻を経て山に入り、小野寺(130)-朝鮮岩(330)-満観峰(470)-日本坂峠(302)-花沢山(449.5)、大崩海岸沿いの尾根を歩いて黒潮温泉(55)へ。
"エ" の字を襷がけに歩いて見ようと考えた。
焼津は街中にも温泉があるので、時間があれば焼津駅前の黒潮温泉(焼津駅前健康センター)で入浴し、静岡、新横浜、あざみ野経由で帰ろうという計画だった。

  実際は、天気がパッとせず、午後遅くには降りだすおそれがあったため、日本坂峠から花沢に下山。
色とりどりの花が咲いている谷間の集落から長い里道歩きをして焼津駅に出た。
ルートの状態は、海に近い低山に良くあるパターンで、穏やかな見かけの割には小刻みな急登降が多く、所々に露岩もあったりして変化に富み、山の高さ大きさの割には体力を要した。
展望の方は、ルートの両側は常緑樹混じりの暖地林と杉檜の人工林が多くて限られたが、朝鮮岩、満観峰、ほかの要所では沿岸平野の市街から相模灘への広大な展望が得られた。
曇天のため富士山が見えなかったのは残念で、大気が澄む冬の好天日に是非再訪したいと思った。



☆行動記録とルートの状況
<タイム記録>
  宮崎台[6:27]=あざみ野=新横浜[7:16]=(コダマ#531)=[8:22]静岡駅[8:27]=(静鉄バス丸子行)=[8:46]丸子三丁目-井尻橋(9:00)-小野寺(9:20/25)-朝鮮岩(10:05/15)-展望点(11:00/05)-丸子富士分岐点(11:25/30)-小坂下降路分岐(11:40)-満観峰(11:55/12:25)-四等三角点(12:52)-日本坂(13:20)-花沢(13:50/14:00)-(15:20)焼津駅[15:31]=静岡[15:57]=(コダマ#540)=[17:03]新横浜=あざみ野=宮崎台


◆年寄りの物臭アプローチで新幹線を利用した。
そのお蔭でチョッピリ早起き程度だったのに、8時半前に静岡駅に着いた。

  名目5分、実質8分の待ち合わせで丸子行きバスに乗り継ぎ、20分弱で旧東海道 "鞠子" の宿に着いた。
丁度、朝のラッシュでマイカー通勤の車が走り回っていた。

  見えている山と地形図とを見比べ、大体の見当をつけて歩いていったら川縁の道に出た。


  角を右折して歩いていると2、3羽の白鷺が河原に来ているのが見えた。
村の若者がカメラを持って後を追っていた。

  僅か歩いたところにに井尻橋が架かっていて、欄干の柱に "朝鮮岩" と記した道標が取り付けてあった。

  橋を渡り、子供フットサル場の前を通って進んだ。
井尻集落の民家の間の路地の入口の角に "最古の東海道(万葉の道) 井尻峠−的山峠" と記した立札が立っていた。(左)


  200m 程先が二又になっていて古東海道は左手の山に上がってゆく。
それを見送って右手の坂を登ってゆくと "登山口" と記した道標があった。

  集落の背後を囲む山の急斜面をジグザグに登って小野寺に着いた。
山中にヒッソリ立っている本堂の前に山桜が咲いていた。
仏を拝んで安全を祈り、入口の階段に座って身支度を整えた。

  登路はお堂の裏側から続いていた。
地形は相変わらず急でひと汗かかされた。

  やがて傾斜が緩むと293m の小ピークに上がる。
檜林の中で、"小野平" と記した標柱が立っていた。


  杉・檜の植林が多く、自然林も暖地性の常緑樹が多く混じっているため展望は捗々しくなかったが、林床には、所々、春の花が咲いていた。(ヤマブキ)



  いったん緩んだ登りがまた険しくなり、時どきは手も使いたくなる位の所を右手に斜上して行くと、背後から登り上げる形で朝鮮岩の頂上に出た。

  "朝鮮岩" は"晁西岩" が訛ったのだそうで直径10m 程のまわりが切り立った岩峰になっている。

  正面遠くに日本平、左手に竜爪山から賤機山あたりまでの安倍川東山稜末端部。
小野平と思われる手前のピークの右手には用宗港が見えている。


沼津アルプス、朝鮮岩の展望    
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  道の脇に白い花が咲いていた。
見覚えはあるが名が分からない。
あとで調べてみたら "著莪 (しゃが)" と呼ばれる花だと分かった。


  薄暗い檜林の中を進んで小鞍部に出た。
モノレールが乗越し、右側の斜面は茶畑になっていた。

  茶畑と檜林の間を緩く上って行くと、所々に放置された茶畑と思われる藪がある。

  向うから歩いてきた人と擦れ違った。
週末には歩く人が結構いるようだ。


  左に曲がって小ピークに上がると左側の樹木がが伐り払われていた。
丸太のベンチがあったのでザックを置いて休憩した。

  山の下は東名高速道で、その先に用宗港がみえた。

  写真をとっていると若いハイカーが歩いてきた。
朝鮮岩までどれほどかと聞かれたのでここまで掛かった時間を言った。
登ったり下ったりだから同じくらいの時間で行けるだろう。


  小さな登り下りをして行くと右前方の樹間に三角形のピークが見えた。
丸子冨士ではないかと思った。

  やがて丸子冨士分岐に着いた。
尾根上を直進すれば丸子冨士の頂上に上がれるが、展望もなさそうなので捲き道を進む事にした。
10分も歩かないうちに捲き道は終わり、西側の分岐点を示す道標があった。


  丸子冨士を過ぎると間もなく茶畑の鞍部に着いた。

  小坂から用宗へ下るルートが分岐していた。
水来道(ミズクドウ)峠と呼ばれているそうだ。

  鞍部の先を右手に回り込むように登って行くとまわりが開けてきて荒れ茶畑の間の道になった。


   茶の木の間から出た所は満観峰の頂上で、広い草原に東屋が立っていた。

北の方の一部を樹木が妨げているほか、遮るもののない広大な展望が広がり、"満観" の名の通りの展望峰だった。
東北方には今日歩いてきた尾根筋が延び、その右手直角方向に延びている尾根の先に花沢山が見える。

  最高点にはコンクリート製の展望指示盤があり、まわりの草原のあちこちにはいくつかの野外ベンチが設けられていた。

  ベンチのあらかたは先着の人達が占領していたので展望指示盤にザックを置いた。

  海の見える山の頂上には格別な爽快感がある。
どんよりした曇り空だったがそれでも気分がいい。

  景色をオカズに飲み食いをした。



沼津アルプス、満観峰の頂上    
 (クリックで拡大します)


  後ろ側の木立の中を覗いてみた。
石祠に幣が捧げてあった。

  その後ろ側に回り込むと逆川、舟川方面へのルートの入口があり、道標が立っていた。
慎ましやかに咲いている山桜が好ましかった。


  西北方は山また山の広がりだ。
大井川谷両岸の山脈から安倍川まで、広大な三角地帯の大部分が未踏になっている事に気が着いた。
  もう、テント、食料、水などを担いで山中を彷徨うのは無理だと思う。
軽装で歩ける範囲を登りまっわって見よう、と思った。

  タップリ休み、景色も存分に楽しんで満足したのでザックを担ぎ上げた。
頂上広場の東側に行くと、左のような道標があって日本坂・花沢山、あるいは高草山への出口だという事を示していた。

  一段下った所で高草山ルートが右に分岐していた。
そちらへも気を惹かれ一旦はそちらに向いかけたのだが、空模様が芳しくないので思い止まり、後に戻った。


  東海自然歩道の脇道と言う日本坂へのルートは尾根の背まで上がって来ている茶畑の中を通っている。
茶畑がありがたいのは、木の背が低くてまわりの景色が良く見えることだ。

  下降路とはいいながら、この尾根にはいくつかの小ピークがある。
小刻みな登り降りを繰り返しながら進むのは結構足腰に来る。

  頂上から30分ほどで三角点峰を通過。
さらに10分ほど進むと急な階段の下降があった。
高度差50m 程を下った所から見上げたのが左の写真だ。(左)



  鞍部からひと登りしたあとは緩やかに上下する道になる。
道端に自然石の石碑が立っていた。
前に回ってみると "水分大神" と刻んであった。


  石碑から日本坂までは約10分。
檜の密林に覆われた小鞍部に道標が立っていた。
  ひと息入れながら後の行動を考えた。
下降路の思い掛けない登降で少々疲れた。
どうも雲行きが芳しくないのでそれを言い訳に峠の西麓の花沢に下る事にした。

  古風な長屋門の屋敷の集落で観光スポットになっていると言う。
どんな所か、見てみたい気持ちもあった。

  日本坂からの下降路は驚くほど急だった。
古代、東国へはこの峠を越して行ったと言うが、ろくな道もない状態でこの急斜面を登るのは並大抵ではなかっただろう。

  急斜面の下降が終わるとすぐ、舗装車道を横切った。
道路越しに高草山が見えた。
  舗装路の下を僅か下って法華寺の裏手に出た。
高草山を背景に、静かな山寺に桜が咲いていた。

  寺の下の小広場に東屋があった。
テーブルにザックを置いて休憩。
焼津駅まで結構な距離を歩く事になるので腹拵えをし、ユックリ休んだ。

  花沢の村は古風な家々が花を飾って綺麗だった。
谷間の出口に "珍鳥園" と言うのがあったので立ち寄ってみた。
孔雀、雉、ほか色々と綺麗な鳥が飼われていて面白かった。
 
  まわりが開けた平地に出てからが長かった。
登り坂を嫌って石脇の方に行かず山裾を進んだのも遠回りになった。
JR東海道線沿いの1.5Km ほどが桜並木で4分咲き位の花が疲れてきた年寄りを励ましてくれた。

  ビール工場の裏手から瀬戸川の堤防に上がった。
振り返ると谷の奥に満観峰が見えていた。

  歩道橋の橋を渡ったあたりで雨がちらつき始めた。
里道歩きの疲れ具合から、花沢山を回らなかったのは正解だったと思った。
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  降り始めた雨が一時的に止んだので助かった。
焼津港近くの道を歩き、街中の川を渡って駅前通に入り、商店街を通って駅に着いた。

  JRのフリークエント・サービスのお蔭で10分も待たずに静岡行きに乗れた。
その先の新幹線も大して待たず、山が遠かった割には早い時間に帰り着いた。


☆おわりに
    焼津アルプスへの初山行は、天気は芳しくなかったが山が低くて雲に届かず、そのお蔭でソコソコ展望を楽しみながら歩く事ができた。
朝鮮岩、満観峰、ほかの要所で海沿いの市街から相模灘の広大な展望が得られたが、富士山が見えなかったのが残念だった。
大気が澄む冬の好天日に是非再訪したいと思った。
この付近にはダイラボウ、突先山など、いくつか興味を引く山がある。
時季を選んで訪ねて見たい。