奥武蔵、名郷-妻坂峠-武川岳-天狗岩-名郷 (2006.2.8)


☆期日/山行形式:
2006.2.8 (太陽=6:36−17:15; 月=9.9 曇り時どき晴) 単独、日帰り 

☆地形図(2万5千分1): 原市場(東京13号-2)、秩父(東京13号-3)、正丸峠(東京13号-1)


☆まえがき
    伊豆ヶ岳の頂上から眺めた武川岳の格好が良かった。
小粒ながら、後立の鹿島槍を髣髴させる双耳の麗峰で、この次はあれだ、と決めた。

   この山は、芦ヶ久保から双子山に上がり、焼山、蔦岩山を繋ぐ頂稜を辿って登頂するのが通例のようだが、ある程度の積雪が予想(期待)されたし、自分の齢も考慮すべきと思ったので、名郷(330)-妻坂峠(775)-武川岳(1052)-前武川岳(1003)-天狗岩(825)-名郷(330) という、やや小回りの周回ルートを設定した。

  2月の上旬は、色いろ予定が立て混んで日程の調整が難しかったが、丁度よいタイミングで沿岸低気圧が通って太平洋側に雪が降った。
おまけに、
その翌日は暖かい晴天になるだろうと言う、ありがたい予報まで出た。

  イソイソと準備を整えて出かけて行ったのだが、山中の雪は意外に少なくて、"チョッピリ雪山" 程度。
少々期待が裏切られはしたが、"山椒は小粒でもピリリと辛い" の例えがピッタリな変化のある山で、厳寒の隙間の一日を楽しんだ


武川岳頂上から奥多摩方面を望む     (クリックすると拡大します)
☆行動記録とルートの状況
<タイムレコード>

    宮崎台[6:30]=溝の口=府中本町=[7:24]秋津/新秋津[7:33]=[8:02]飯能[8:12]=(バス)=[9:14]名郷(9:20)-山中登山道入口(10:20/25)-妻坂峠(10:15/25)-武川岳(12:05/25)-前武川岳(12:40)-小ピーク(12:50)-天狗岩(13:15/巻き道下降/25)-(14:20)名郷バス停[14:42]=[15:37]東飯能[16:09]=八王子=長津田=[17:48]宮崎台

◆ 山行の翌日は、朝から出かける予定があったので、厳冬の低山への山行としては早目の時間に家を出た。

  奥武蔵も三度目と言うことで、大分要領が分かってきた。
お蔭でアプローチをスムースに消化でき家を出て3時間も経っていない時間に、名栗バス停から歩き出していた

  空は紺青に晴れ上がり、暖かくて風もなく、まるで春が来たかのような雰囲気だった。
行く手の谷の左奥に、大持山と思われるピ-クが見えていた。(左)

  バス停から40分ほど歩くと、林道が沢の左岸に移る。
その先にある堰堤の手前から2、3度U字を描いて高度を上げると、二番目の堰堤があった。
車道はその手前にある車止め広場で終わっていた。
広さは車5、6台は停められる位だったが厳冬のウイークデイのせいか、一台もいなかった。(左)


  広場の奥から細い橋を渡ると登山道になった。
杉林の入口に、"妻坂峠" と記した道標が立っていた。(左)

  峠沢左岸沿いの道を登る。
所によって雪を被ったり、地面が出たりしているが、別段歩きにくいような所はなく、夏道と同じ感覚で進んだ。


  沢の水が徐々に減ってきてやがて涸れ、その先で谷の詰めに突き当たると、斜面を葛篭に折れ曲がって登るようになる。
  細かく屈曲するジグザクの雪道から、大きなジグザグを描き、3度目の折り返しから右手に斜上して行くとまもなく妻坂峠に着く。

  峠の鞍部はこじんまりした石地蔵の立つ広広とした雪田になっていた。(左)



  峠の北側、生川から登って来る道の出口近くに行くと谷の木の枝の隙間に秩父盆地の家並みが見えていた。
(左)


  右手に向い、武川岳を目指す。
前日の雪は途中から雨に変わったようで、半透明の荒いザラメ状に凍結していた。
砂利や落ち葉を固めている様は、和菓子の豆板の砂糖を連想させた。

  峠から10分あまりの所に、急で登りにくいザレ場があった。
右手の杉林の中に逃げてそこを抜けると徐々に傾斜が緩んだ。
急登が終わって平な尾根に出た所では木の枝に左のような表示板が掛けてあった。

  この表示板から先は明るい落葉樹の穏やかな尾根道になる。
冬の低山歩きの醍醐味を味わいながら尾根の背を辿った。

はじめ上の方に高く見えていた頂上が、進むにつれて次第に低くなり、まわりの景色の空の部分が広くなって来ると武川岳頂上は近い。(左)

  頂上広場は山の大きさの割にユッタリ、広広していた。
4、5基の野外ベンチがあったので、適当なひとつを選び、ザックを下ろした。
南から西への木が伐り払われ、"裏(?)奥多摩" の山並みが見渡せる。(冒頭パノラマ)

  まわりの山をデジカメに納めたあと、シャリバテ予防のため何か食べようとしていた所へ、若い男が双子山ルートから出てきた。

  ミニパン、コーヒ、グレープジュースなどを腹に入れ、短い食休みをしたあと、立ち上がった。



  前武川岳へのルートは、妻坂峠道から見ると直角に右折する形で始まる。
右側が桧林で日影になるためか雪道になっていた。
入口に "山伏峠へ" と記した道標が立っている。


  前武川岳との鞍部に向かってひと下りしたあと、緩やかに登り返して行くと、両側が落葉樹になって、所どころでまわりの山が見えるようになった。

  左前方は伊豆ヶ岳と古御岳。
少し登った所で、後ろを振り返ると、武川岳が穏やかに盛り上がっていた。(左)

  前武川岳は二手に分かれている道の行き先を示す道標と、野外ベンチがあるだけのピークらしくない小広場だった。
"名栗(上級コース)" と記された右手の道に入る。

  僅か進んだ所から柵に沿って歩くようになる。
桧の幼木を鹿の食害から守るためか、化繊のネットが張ってある。
かなりの急降下で凍結した地面が融けかかり、足場が悪い。
ネットに掴まりながら慎重に下降を続けた。

  急降下が終わると植林の中を緩やかに上下して行くようになる。
ふたつ三つ小ピークを越したあと、右に回り込んで行った所に左のような岩塊が並び立っていた。

  天狗岩の上端部だ。
積み重なっている岩塊の尾根を直降下する "男坂" と左側の杉林の中を巻き下る "女坂" とがあるというが上から見た限りでは皆 "女坂" の方を歩いているようだった。
こちらは林の中だから支点には恵まれているが、傾斜は急で足場も良くはなく、この日歩いたルートでは唯一の難場だった。

  急降下が終わって尾根が平らになったあともしばらく大岩の積み重なりが続いた。
左の様に、樹木と岩の積み重なりと雪とで、特異な雰囲気になっていた。

  岩道が終わると杉林に突き当たり、"名郷→" と記したプレートの指示に従って右折。(左)

  薄暗い杉林の中の道を進んだ。
樹木に妨げられて周りが見えないところへ、妙な具合に急降下したかと思うと次は登り気味にトラバースしたりで、少々変な感じのする道だったが良く踏まれていて、迷うおそれはない。

  杉林の切れ目では左のような山並みが見えた。


  下の方から土木工事の音が聞こえてくるようになった。
四角の大きな水源タンクの脇を過ぎるとすぐに急降下して舗装林道に出た。


  左に30m 程の所に "名郷へ" と記した大きな看板があってその脇からふたたび杉林の中の山道に入る。

  さらにひと下りすると集落が下の方に見えてきた。
山荘風の家が建ち並んでいる。
  集落の中をうねっている車道を歩き、また左手にショートカットして下ると、すぐに民宿(西山荘)の横手に出た。
今朝歩いていった車道に突き当たった所で角を左に折れ、僅か5分ほど歩くと名郷バス停だった。
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☆おわりに
    バス停にはほぼ同年のハイカーが先着していた。
生川から妻坂峠に上がり、そこから同じルートを歩いてきたと言う。
道理で所々雪の上に新しい靴跡があった。
この辺を良く歩いているようなので尋ねてみたら、去年の今時は30cm くらいの積雪があったと言う。
このあたりの山は厳寒だから雪が多いと言うことにはならない様だ。

武川岳は上部の稜線沿いに自然林が多くて雰囲気が明るい。
天狗岩のあたりには結構険しい地形があったりして変化に富んでいる。
半世紀前に勇姿を誇っていた武甲山が、セメントの原料として掘り崩され、見る影もなくなってしまった今、武川岳は、このあたり随一の名山だと思った。