那須、峰の茶屋-三斗小屋温泉-沼原湿原-板室 ('06.6.27-28)


☆期日/山行形式:
2006.6.27-28  三斗小屋温泉一泊、単独

☆地形図(2万5千分1): 那須岳(日光2号-1)、板室(日光2号-2)

☆まえがき
   今年の梅雨は天気が悪く、6月の日照時間が平年の66% という報道があったほどだった。
僅かな晴れ間しかないため、梅雨の中休み狙いの山行がやり難い。
雨続きで家に篭っていてもすることは色々あって、時間を持て余すようなこともないのだが、足腰の錆付きが心配だ。
定期的に山に行っていても、老化による身体能力の低下が感じられるようになってきている位だから、うっかりしていると山登りなぞできない身体になってしまいかねない。
多少の雨に遭うことは覚悟し、降られても楽しく歩けそうな所はと、拾い出してみた幾つかの候補から、まず "裏那須" を一番バッターとして選び出した。

  黒磯から那須連峰の主稜を越て山裏の中腹にある三斗小屋温泉(1470)に入って宿泊。
その翌日に、沼原湿原(1240)まで、裏那須の森を歩いたあと板室温泉へ下山する、というミニ版山旅プランである。
もし天気が良かったら、初日は茶臼岳(1897.6)を越して三斗小屋に行けるし、2日目も、牛ヶ首(1735)を経て日の出平(1786)に上がり、南月山(1775.8)から白笹山(1719)を繋ぐ尾根を辿って沼原湿原(1240)に行くことも可能だ。

  実際は、稜線に上がりたくなる程の好天とはならなかったが、この時期としてはかなり程度の良い天気に恵まれた。
おかげで、あまり雨具を使うこともなく、梅雨時の森の精気に浸り、湿原の風光を楽しんで帰ることができた。

那須、峰の茶屋小屋と朝日岳       (クリックで拡大します)
☆行動記録とルートの状況

6月27日
<タイム記録>

    宮崎台[7:31]=[8:00+2]渋谷[8:10]=(湘南新宿ライン)=[10:08]宇都宮[10:12]=[11:11]黒磯[11:20]=(東野バス)=[12:20]那須ロープ山麓駅(12:20)-現峰ノ茶屋(12:30)-野外ベンチ(12:45/13:00)-旧峰ノ茶屋避難小屋(13:35/40)-御沢避難小屋(13:50)-延命水(14:20)-沼原分岐(14:25)-(14:45)三斗小屋温泉{煙草屋旅館}


家を出たときは霧雨模様だったが、首都圏から離れて北上するにつれて次第に空が明るくなり、黒磯に着いたときはもう少しで地面に影が映るのでは、と思うくらいになっていた。

  しかし、山の上の方には湿気が充満していて、ロープウエイ山麓駅のまわりには霧が流れ、山の高い所はまったく見えない位になっていた。
この状態では茶臼岳に上がっても五里霧中で何も面白くないだろうと思い、まっすぐ旧峰の茶屋跡避難小屋のコルへ歩いて稜線を越し、三斗小屋温泉に行くことにした。

  車道末端の県営駐車場脇にある現峰ノ茶屋でソバでも食べて行きたいと思っていたのだが、戸締めになっていた。
梅雨時の週日に店を開けても商売にならないからだろう。
駐車場も大型バスが一台止まっていたがそのほかはほんの数台しか居なくてガランとしていた。

  小屋の先にある鳥居と狛犬の登山口から潅木の間のやや急な石段を登った。
錆付いている足腰を励ましながら登って行くと野外ベンチのある小広場に出た。
眺めもなくパッとしない所だったが久し振りの坂登りで悲鳴を上げかかっていた身体を休めるためザックを下ろし、パンとジュースで軽い腹拵えをした。
  休憩場所からひと登りし、ソロソロ樹木の間から笹原に抜けるのではないかというあたりで小学生の列と出遭った。
50人ほどの子供達とすれ違ったので引率の教師と思われる青年に尋ねてみたら地元の学校から遠足で来ていると言う。
笹原に出たあたりで次の大群。 さらに、そのあとも幾つかの小集団が続き、結局、優に百数十人とすれ違った。
通りすがりに一人ひとりが "コンニチハ" と言う。
何人かずつ纏めて挨拶を返したが、それでもかなり息が切れた。
  樹林帯から抜け出してひと登りした所にある中ノ茶屋跡あたりで、霧が晴れてきた。
視界が開けて、鬼面山が見えた。(左)

  このあとも霧はさらに薄くなって行き、行く手の鞍部の小屋が見えるほどにまでなった。
運が悪かったら、雨具性能試験山行か、と覚悟してきたのに、意外な好天に恵まれた。

  峰ノ茶屋跡避難小屋(左)の近くでは冒頭パノラマのようにちょっとした展望を楽しんだ。


  登り始めが苦しくてどうなるかと思ったが後半は身体が慣れてきたのと傾斜が緩んだのとで楽になり、余裕を残して小屋に着いた。
ひとわたり小屋の内部を点検したあと外に出た。
小屋の脇に、"牛首護大日尊" と刻んだ大石の碑が立っていた。
かつては信仰登山が盛んだったことの痕跡だ。




  小屋の横手から山の裏側の御沢谷を覗き込んだら鮮やかな緑が谷間を埋め尽くしていた。


  小屋の裏手の急なザレ場を巻き下って谷底に降り着いた所に避難小屋がある。
この小屋から先は穏やかな谷沿いの道になる。
右手が広い笹原になっている所は通る時に生き物の気配を感じる事が多い。
今回は縁に近い所に熊の糞らしいのがあった。 木の葉の色に染まって緑色だった。

  沼原分岐を通り過ぎたすこし先で、道が右手に回り込こんで下り気味になると三斗小屋は近い。
かすかに人の話声が聞こえたと思ったら間もなく煙草屋の建物が見えてきた。(左)

  康冶元年(1142)発見と言われる長い歴史を持つが、潤沢で熱い源泉と素晴らしい環境のほかは、チョッと気分の良い山小屋程度の質素な温泉宿だ。
  同宿は7人。
東京品川の会社の職場グループだった。
露天風呂でノンビリ温泉飲み会をやっている浴槽の向かい側で山の湯に浸かって汗を流したあと部屋に戻り、畳の上に寝転んでんで文庫本を読む。 気分は湯治旅行だ。
腹具合がおかしくなるほどのアルバイトがなかったおかげで、夕食に出されたものは全部平らげた。
食休みをしながらしばらくゴロゴロしたあと、内風呂に入って身体を温めなおし、寝床に入った。
ラジオは栃木県北部に大雨警報を伝えていたのに、南の方からかすかな雷鳴が聞こえていただけだったが、寝入ってしばらく経った頃、大きな雨音が聞こえて目が覚めた。
時計を見ると、丁度、日付が変わる時分だった。


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6月28日
<タイム記録>

    6月28日: 三斗小屋温泉(7:30)-沼原分岐(7:55)-姥ヶ平分岐(8:35/40)-日の出平分岐(9:25)-駐車場分岐(9:30)-沼原湿原東屋(9:45)-沼原湿原出口(10:20)-沼原湖駐車場(10:35)-板室林道分岐点(11:25/35)-歩道入口(11:37)-板室廃道分岐(12:00)-乙女の滝(12:20/40)-(13:30)板室温泉[14:30]=(東野バス)=[15:05]黒磯駅[15:35]=(上野行快速)=[16:25]宇都宮[16:40]=[17:44]大宮[17:49]=(湘南新宿ライン)=[18:25]渋谷[18:33]=[18:55]宮崎台


◇ 夜明け頃からまた強い雨が断続的に降った。
7時前の朝食頃には止んだが、ラジオは会津地方に雷雲が発生し、所々で強い雨を降らせていると伝え、沢の増水が気になった。
食休みをしながら出発準備を終った時分には霧が立ち込めたままながらあたりが何となく明るくなって、天気は上向きと思えるようになった。
山に上がりたくなるほどの天気ではないが沼原直行ルートなら十分歩けそうだ。
途中の沢が増水して渡れないような所があったら後に戻り、山を越して黒磯に出ればよい。


  昨日歩いてきた道を、道標の立つ分岐点まで戻り、右手の道に入って緩く下ると牛首方面へのルートが始まる。

  分岐から10分あまりのところで小尾根を下降して高度を下げ、左に折り返して御沢を渡る。
沢は心配していたような増水はなく、水も濁っていなかった。
この調子ならこの先も問題はなく、沼原まで行けそうだと思った。

  山腹を横切る道を暫く歩いたあと、小尾根を登りあげると三又路があって、牛首に上がるルートと沼原へのルートが分岐している

  道標の向かい合わせにザックを置いて小休止したあと沼原ルートに入った。
10分あまり歩いた所で犬と出遭った。
そのすぐ後ろから熟年単独者が歩いてきた。
早朝、沼原を出発したのだろう。
怯え顔の犬に声をかけて宥めながらすれ違った。


  進むにつれて徐々にまわりの地形が緩やかになり、道も良くなって来た。
岳樺などの大木が並び立つ自然林の中を歩いていると森の生命力を感じた。


  尾根状の地形に乗り、笹の切り開きの中を下って行くと、行く手の樹間に緑の平坦地が見えた。
沼原湿原かその地続きに違いない。

  粘土質でやや急な下りの滑り止めにロープが取り付けられている所を下りきった笹の沢窪にT字路があり、道標が立つていた。
左手に分岐している道を行くと那須連峰の主稜に上がり、茶臼岳に達することを示す腕木が取り付けてあった。

  道標の先を僅か登ると緩やかに傾いた台地に上がる。
幅広の良い道だが所々に泥濘が現われるようになると間もなく木道が現れ、やがて前方に湿原入口の東屋が見えてきた。
東屋のベンチにザックを下ろして休憩。


  湿原の木道から出てきた年寄りグループに声を掛けられた。
「熊はいなかったですか?」と言うので、「ええ一匹いましたよ」、と自分の鼻を指差したら大笑いになった。

  木道を歩いて湿原に入った。
湿原と言うにはいささか藪っぽいようにも思ったが、大雪の冬のあとの雨季とあってか、至る所池になっていた。
結構人が多い。 すぐ近くまで車で上がれるせいだろう。

  雲霧が多くて眺めはパッとしなかったが、所々にツツジの赤とニッコウキスゲの黄色をちりばめ、北の方の流石山から大倉山への稜線、東方の那須主稜の起伏に囲まれた湿原の眺めは、ちょっとした拾い物だった。


  20分あまり掛けて湿原の木道をひとわたり歩いたあと駐車場への出口に行った。
解説の看板、道標の脇に、"熊に注意" の看板が立っていた。

  駐車場は一段高い所にあるため、まず緩やかな階段を登る。 ひと登りしたところで右手に折れ、僅か進むと広い駐車場が見えてきた。
右下に揚水発電の貯水池を見下ろす所は園地になっていて東屋がある。
週日だが20台あまりの車が停まっていた。

  板室温泉への下山路は幅広の林道で始まる。
10分ほどの所に歩道の入口を示す道標が立っていた。
覗き込んでみたらがかなり藪っぽいので敬遠し、暫く車道を歩く事にした。

  カーブを曲がるとすぐに舗装道になり、大きくUターンを繰り返して高度を下げて行く。

  車道を歩いたり、歩道に入ったり、一時間あまり歩いた所に板室林道の砂利道が右に分岐している所があった。

  小休止のあと歩き出したら100m 先のカーブの脇に歩道入口を示す道標が立っていた。
ここが板室への下降路の最後の入口と思ったので踏み込んだ。



  唐松の植林の中の歩道はあまり踏まれていない様子でやや藪っぽかった。
一箇所、小沢を渡るあたりにやや不明瞭な所があったほか、分かりにくい所はなかった。

  かなり下ってきた所に乙女の滝ルートと板室温泉ルートの分岐を示す道標が立っていた。(左)
板室直行ルートは崩壊箇所があるため進入禁止と記した看板が添えてあった。

  左手の乙女の滝ルートに入って少し進むと尾根の左斜面に入り、旧会津中街道の遺構と思われる石垣沿いの道になる。
左下の沢の音に混じって車の音が聞こえてきて終わりが近いことを知ったが、ザレた急斜面のトラバースが2箇所あって少々緊張した。
崩壊気味の踏跡に被さっている茨に否応なく掴まらざるを得ず、手や腕に多くの引っかき傷を負った。

  思わぬ難場を何とか切り抜けると導水路沿いの穏やかな道になり、間もなく車道に飛び出した。
出口には沼原登山口と記した道標と、乙女の滝へ100m と記した看板が立っていた。

  谷に掛かる橋の手前から滝に向かう歩道に入った所で休んだ。
薄日が射すくらいの天気で蒸し暑くなっていたが、沢風が気持ちよかった。

  乙女の滝から板室までは思ったより時間が掛かった。
歩き出すとすぐ板室本村の端にある大日堂の前を通る。
道に面して、"右会津中街道" と刻んだ昔の石柱が立ち、その脇に道筋の説明を記した看板がある。
降りてきた尾根の末端をグルッと回り込んで西の谷に入った所で三又路を右折、あらためて谷の上流に向って3Km 程歩くとようやく温泉街に入る。

  集落の手前15分ほどまで達した頃、俄か雨が降ってきた。
あとでバスドライバーに聞いた話では昨日の昼過ぎも強い雨が降ったそうだ。
  次の黒磯行きバスまで1時間、ひとつあとの便なら1時間40分ほどあるので温泉に入って汗を流し、ソバでも食べたいと思ったがどの旅館も日帰り入浴はさせてくれなかった。
  板室温泉で唯一、それが可能なのは、川向こうの市営浴場グリーングリーン(左)だったが水曜日は休みということで "温泉山行" は尻窄みになった。
仕方なく、その下手の園地にある東屋に入り、裏手の水流で身体を拭い、着替えをした。

  ソバ屋もなさそうだったので早い方のバスで黒磯に向かい、一列車遅らせて作り出した時間で、駅前通りの蕎麦屋に行き、食欲を満たした。
山芋つなぎが、ツルツルした美味しいそばだった。
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☆おわりに
    那須は割と手軽に行けるよい山だ。
三本槍ヶ岳より北の甲子山か小白森、大白森山へのつながり、雨で敗退した流石山の先の稜線など、まだ魅力的なルートが未踏になっている。
足腰が立つうちに歩いておきたい。