中沢-貫ヶ岳-平治ノ段-樽峠-板井沢 (2006.11.29)


☆期日/山行形式:
2006年11月29日(晴れ時どき曇り) 日帰り単独

☆地形図(2万5千分1): 篠井山(静岡9号-2)、和田島(静岡10号-1)

☆まえがき
    10月下旬に行った篠井山の帰りみちで、南隣の貫ヶ岳もまだ登っていないことを思い出した。
以前はアプローチに難があって少々登りにくく、登り損ねたままになっていたのだが、山梨百名山のひとつにカウントされたお蔭で、南部町(旧富沢町)の中沢公民館から登るルートが整備されたことを知った。
貫ヶ岳に登頂すれば頂稜を西に辿って平治ノ段は近く、その先を下って行けば樽峠で、峠南面の樽川谷を下って静岡の板井沢に降りられる。

  以前、高ドッキョウに登ったとき、峠から15分ほど下った所で美味しい水を飲んだことを憶えている。
板井沢からは但沼車庫を経て興津駅に出るバスが一時間に一本ほど出ているので、日が短くなった初冬でも手頃な日帰り山行が可能と思った。
十国見晴台(平治ノ段肩)    (クリックで拡大します)
  計画した行程はあらまし下記の通り。
身延線芝川駅(72)からタクシーで南部町、中沢公民館(270)へ入って歩き出し、林道から尾根を登って焼山(850)で頂稜へ。
まず、東約1.5Km 弱の貫ヶ岳(897)へ往復したあと頂稜を西に辿り、晴海展望台(927)、十国展望台(930)を経て平治ノ段(937)へ。  さらに樽峠(724)まで西進したあと樽集落(300)を経て板井沢(200)に下山し、バスで但沼経由、興津に出て東海道線で帰る。


☆行動記録とルートの状況

<タイム記録>

    宮崎台[6:38]=あざみ野=新横浜[7:16]=(コダマ#531)=[7:55]三島[8:01]=[8:05]沼津[8:09]=[8:28]富士[8:43]=[9:15]芝川駅(9:20)=[タクシー約6Km \2210]=(9:40)中沢公民館(9:50)-林道反転(10:10)-登山口(10:23)-杉林の中で小休止(11:00/10)-焼山(11:50)-貫ヶ岳(12:10/20)-焼山(12:35)-晴海展望台=ワサビノ岳(12:56/13:05)-十国展望台(13:30/33)-平治ノ段T字路(13:38)-樽峠(14:15)-第三の水場(14:30/40)-ヒュッテ樽入口(14:45)-堰堤・車道・茶畑(15:08)-平治ノ段林道コース入口(15:27)-(15:50)板井沢[16:06]=(しずてつバス \710)=[16:29]但沼[16:34]=[16:53]興津駅[17:05]=熱海=[19:44]横浜=自由が丘=二子玉川=宮崎台

◆どうしてか年とともに早起きが苦手になっているので、少しでもその苦痛を和らげようと、三島まで新幹線を利用した。
沼津、富士で順次乗り換えて身延線芝川駅に着くと間もなく、前夜予約しておいたタクシーが来た。
走り出すと間もなく富士川を渡り、西岸に注ぎ込んでいる境川谷に入った。
この川はその名の通り、山梨・静岡両県の境を流れている。
温暖な土地のせいか紅葉が遅く、ようやく川沿いの木の葉が色付き始めていた。
貫ヶ岳登山口のある中沢は山中の緩斜面の上の小集落だった。
登山口の中沢公民館は、道標が立つ三又路の角だった。

  横手に出ると茶畑の先に山が見えた。
正面の高みが焼山で貫ヶ岳頂上は右手の山蔭にあるようだった。
登路になる正面の尾根は杉林に覆われているが、そのまわりの山腹の紅葉色が綺麗だ。

  横長の頂稜の様子から阿武隈の蓬田岳を思い出した。

  建物の手前側に公衆トイレがあったので身体を軽くした。
足拵えを整えたあと、左手に分かれる舗装林道に入った。

  すぐ先の二股の右の道に入るとすぐ墓地の脇を通った。
  登山道入り口はそのすぐ先だったのだが道標が地味だったのとボンヤリしていたのとで見過ごした。

   林道は谷の奥まで延びていたが進むに連れて急に藪が深くなり、まもなく藪漕ぎをしなければ前進できない程となった。
これではとてもルートとは言えないと思ったので反転。
初めから出直す積りで戻って行ったらもうすぐ墓地脇かというあたりの電柱の脇に "貫ヶ岳登山口" と記した道標が立っているのを見つけた。(左)

  うっかりミスで30分近い時間を損して少々焦ったが、板井沢からのバスは結構遅くまであるようだから、明るいうちに行き着けさえすれば何とかなるだろうと割り切った。

  登山道に入るとすぐ、幅広な山道が通っている尾根の背に乗った。
程ほどの傾斜で登りやすかったがまわりが濃密な杉林のため薄暗く、展望も利かなかった。
所々笹が伸びている所もあったが煩るさ過ぎると感じるほど多くのコースサインがあって、迷いようもなかった。


  道迷いのせいもあって大分長い時間歩き続けたので小休止。
シャツも脱いで網シャツ、下着とベストになった。
この時期にしては異常に暖く、歩き出す前に上着を脱いでいたがそれだけではまだ足りず大量の汗をかいていた。


  また歩き出すと間もなく尾根の傾斜が強まった。
左手から上がってきた谷の縁に沿うジグザグの急登では手近の笹や潅木の助けを得た。
谷側は自然林のため葉が落ちて明るく、所々から頂稜が見えた。

  しばらく急登に耐えていると徐々に傾斜が緩み、やがて頂稜に到達、縦走路とTの字に交わった。

角には貫ヶ岳20分、平治ノ段40分、中沢へ1時間と記した道標が立っていた。

  正しい道に乗った所からここまで、かなり順調に登ってこられたことでホッとして貫ヶ岳に向った。
頂稜北側の斜面は檜の植林だが南側は自然林で明るい。(左)

  この日は暖かかかったが季節は着実に進んでいて濶葉樹の葉はすべて落ち、完全な冬模様になっている。
歩き出して5分ほどの所でほぼ同年の単独者と出遭った。
この日、山の中で遭った人はこれだけだった。

  貫ヶ岳への頂稜は意外に痩せ、小さな上下を繰り返して進まなければならなかった。



  右下に崩壊した沢溝を見て左の檜林を斜上、高距30m あまりの急登を抜けると頂上の肩で、間もなく茅戸の頂上広場に出た。

  北から西は檜林だが東から東南にかけては自然林で、すでに葉が落ちて見通しが良く、左手に新雪の富士山(下左)、右手やや遠くに愛鷹山(下右)が望まれた。
(クリックで拡大します)
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  来た道を中沢道のT字路まで戻り、西の平治ノ段に向った。
尾根の幅が広がり、右檜・杉の植林、左自然林の境を緩やかに上下して進んだ。
20分ほどで晴海展望台に着いた。
富士川を挟んで富士山や愛鷹山と向き合う素晴らしい展望ポイントだった。
樹脂パイプ製のベンチにザックを置いて展望を楽しんだ。
晴海見晴台の展望    (クリックで拡大します)

  晴海展望台のあたりはアセビが多く、林床の笹の背が高い。


  右手に向ってやや急に下降した所から、穏やかな尾根道を進んで行くと前方に平治ノ段が見えてきた。
このあたりには "段" と言う地名が多い。
どれも山中で傾斜の緩い平坦な地形になっている。
平治ノ段もその例に洩れず、広い平頂の山になっている。
(クリックで拡大します)

  次第に近づいてくる平次ノ段を見ながら被り気味の笹を分けて進み、やや急な所をひと登りした所に十国展望台があった。
ここでも樹脂パイプ製ベンチを脇から富士山、愛鷹山への広大な展望が得られた。

  十国展望台から僅かで歩いてきた道と、南の中沢峠から来た道と、樽峠に行く道とが交わっているT字路に着いた。


  樽峠へ向うルートは至って平坦な道から始まる。
(クリックで拡大します)

  しばらくノンビリ歩いていると急降下になった。
杉丸太を利用して丁寧に造った階段だが、あまり歩きやすくはなかった。
樹木の間から雲を頂く十枚山が真近かだった。

  その右肩の先の方に "南" が見えた。
右手に尾根を延ばしているピラミダルなピークは北岳で十枚山の肩に掛かっているあたりが間ノ岳だ。


  高距50m ほどで傾斜が緩み、丸太階段から土道になるが、少し進むとまた傾斜が強まって丸太階段になる。
道の横手に階段がなかった頃の仕掛けの名残りと思われる虎ロープがあった。


  また傾斜が緩んで丸太階段が終わると、左側の山梨側で林道工事をしているのが見えてきた。
地形図に谷間の石合集落からかなり奥まで入ってきているように記されている舗装車道を樽峠まで延長しているようだ。

  前にこの峠のあたりを通ったときには、深山の古峠の雰囲気が濃厚だった。
杉林が伐り払われて明るくなった所で重機が動いているのは奥武蔵あたりの里山と錯覚しそうな眺めだ。

  樽峠自体は昔とおなじ古い道の窪みが残っていて、道標の脇から静岡側に回りこんだ所に二体の地蔵が立っていた。

  濃密な杉林の中を折り返しながら高度を下げて谷底に降り着くと間もなく、左のように水飲み場が設けてあり、その脇に "第3の水場" と記した標柱が立っていた。

  遥遥、貫ヶ岳から楽しみにしてきた水の飛び切りの味を楽しみ、家に持ち帰る分を水袋に汲んだ。

  水場の対岸の尾根に上がった所に "樽ヒュッテ入口" がある。
地元の個人が維持している山小屋だと聞くが、機会があったら一度泊りに来てみたいと思った。

  さらにもうひとつ枝沢をわたって小尾根を乗越すと沢の水量が増え、ワサビ田の痕跡と思われる石垣が断続するようになった。
以前はかなり広いワサビ田があったのが大水か何かで荒れたようで、下の方の一部にしかワサビの葉が見えなかった。

やがてヒョッコリ開けた所に出た。
横に堰堤があり、すぐ先は茶畑になっていた。

  林道に出た所から板井沢まで約2Km あまり。
道迷いによる時間ロスが気になって小休止のみで歩き続けて来たため脚の筋肉が代わる代わるに不平を述べ立てるようになっていた。
立ち止まるより徐々にクールダウンした方が良いと思ったので休憩せず、ユックリ歩きつづけた。

  樽集落では人家のまわりの紅葉が傾いてきた陽の光に輝いていた。

  晩秋から冬を経て春までの中低山への山行の楽しみは、山だけでなく、行き帰りで出遭える山里の美しい光景にもある。

  道が川の右岸に移ると間もなく板井沢バス停に着いた。
まわりに誰もいなくてバスが来るのかどうか不安になった位だったが定刻近くに小型バスが走ってきて安心した。

  バスは途中まで "貸切" だったが、走るにつれてひとり、ふたりと乗り込んできて但沼車庫で乗り継ぐまでには十人近くになった。
但沼で約5分の待ち時間で興津駅経由三保灯台下行きに乗り継いだあと、約20分で興津駅に着いた。

  17時過ぎの登り電車は高校生と大学生でほとんど満席になっていた。
鞄を横の席に置いて携帯に熱中している女子高生に声を掛けて場所を空けてもらい、腰を下ろした。

  山の中ではろくなものも食べずに歩き続けたため、体調が落ち着いてくるとともに空腹になった。
熱海で乗り継ぐ時にホームの売店で小鯵の押し寿司を買って食べた。
少々酢が利きすぎている感じだったが半分食べたら腹が落ち着いたので残り物は "手土産" にした。

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☆おわりに
    久し振りの日帰り山行で長年登り損ねの宿題になっていた貫ヶ岳と平治ノ段に登れた。
要所の展望点からの富士山が綺麗だった。
樽峠の水が美味しく、山里の紅葉も綺麗だった。
遠くの山、高い山も良いが近くの高くない山も良いものだ。
この冬の間もまた低山歩きを楽しみたい。