三浦半島、六浦-鷹取山-沼間坂上-東逗子(2005.2.21)

☆期日/山行形式:
2005.2.21、 ミニハイク/単独/日帰り

☆地形図(2万5千分1): 横須賀(横須賀1号-3、5号-1)、鎌倉(横須賀5号-3)

☆まえがき
     先週、三浦半島主脈の核心部を歩いたら、折角だから残りの部分の尾根も早いとこ歩いてしまえと、 "赤線屋" の本能が盛んに唆すようになった。

  春の兆しか、冬型気圧配置が崩れて降ったりやんだりになっていたのが落ち着くのを待って前回行き損ねた鷹取山周辺の "やまなみ" ルートのトレースに出かけた。
東逗子駅前の "鴨セイロ" にも色気があったので、京急六浦駅(25)-清掃工場横(95)-鷹取山(120)-沼間6丁目下降点(65)-沼間坂上(40)-東逗子駅(15) と言うプランを立てた。

  実際に歩いてみて、鷹取山以北のルートもかなり良く踏まれている事が分かった。
しかし、里山道と送電線巡視路とが錯綜し、道標の類も殆んど設置されていないため、"余所者" にとってはやや歩き難い状態だという事も分かった。
また "鷹取以南" は、要所で京急が立てた田浦、追浜方面への標柱を見るが、沼間坂上から東逗子へと言う、ややひねくれたルートを取ろうとしたため、少々の地形判断力と山勘とが必要だった。

鷹取山頂上展望台にて。 右手は仙元山、双子山。 左手遠くは大楠山
行動記録とルートの状況
タイムレコード
宮崎台[8:29]=あざみ野[8:46]=横浜[9:25]=[10:04]京急六浦駅(10:05)-コモア六浦、あさがお公園(10:20)-谷戸川橋(10:30)-清掃工場横(11:40/50)-破砕倉庫道合流(10:55)-鷹取山望見(11:10)-四丁目第二公園横(11:15)-鷹取山(11:40/50)-田浦分岐(11:55)-京急田浦/沼間と記した標柱(12:05/15)-鉄塔No.41(12:30)-篠山公園(12:35/45)-五霊神社(13:05)-(13:15)JR東逗子駅[13:42]=逗子=横浜=あざみ野=[15:16]宮崎台

京急六浦駅から鷹取山を経てJR東逗子駅まで、正味2時間半あまりの手軽なハーフデイウオークだから早出の必要はない。
朝のラッシュのピークが通り過ぎるタイミングを計って家を出た。
朝の人の動きとはあらかた逆向きのため、電車は空いていて、特に横浜から先の京急新逗子行きはガラガラだった。

  六浦では数名降りたがほかにハイカーは居なかった。
駅の北口の下を通っている国道205号線を左に、約200m 程進むと商店街が途切れる。
左に分かれて踏切りを渡り、100m あまり先にある分岐を右に入って緩く登って行くとまた100m あまりで二俣がある。
  左折の角の左脇は小さくて深い遊水池、右上の斜面には、"コモア六浦" の看板がある。
丘陵地形を利用した中低層マンションの団地のアプローチ道はなかなか感じが良い。

  道なりに進んで行った団地の最奥に "あさがお公園" があった。

公園で身支度を整えたあと後ろ側の土手の階段を上がる。
幅2m ほどのコンクリート階段だがかなり長く、丘陵の稜線までの高度を一挙に稼いでしまう。

登りきった所から横浜横須賀道の上を横切って谷戸川橋が架かっていた。
橋を渡りきったところが山の始まりで、下のような状態になっている。

  幅広の道が真っ直ぐ延びているが、このまま進むと八景苑霊園の方に行ってしまうようだったのですぐ左脇の斜面の土に刻まれた階段状の踏跡を登ってみた。@。

  送電線鉄塔の脇に上がり、はっきりしているようなしていないような踏跡を進むとすぐに左の六浦側が新しい霊園になっていて、そのフェンスに沿って歩くようになる。
  右側は笹薮だが間もなく逗子市のゴミ処理センターの騒音が聞こえてくるようになる。
コンクリート舗装の道が上がって来ていたので様子見に降りて行ったらゴミ処理場の一番奥にある "破砕倉庫" の前に出た。
  ゴミ処理場の中を通れるなら、そちらからも来られるだろう。  もし通れなかった場合、少し手前に車道と踏跡が近付き、4、5m の笹薮を潜れば稜線に上がれる場所がある。
  ここから先は目立って道が良くなった。
送電線が尾根の上を横切っている所を過ぎて下りにかかる所で目指す鷹取山の岩峰が見えて来た。
左下に四丁目第二公園があり、そこから登って来る事もできそうだった。

  やや急にひと登りして、尾根の右側に入って行くとやがて神武寺から十州望を通って鷹取山に接続している尾根が見えてきた。
尾根に上がる所は濡れた露岩の急登になっていて、フックスドロープが取り付けられている。
ザラザラした岩で、段も刻んであるから危険と言うほどではないが注意するに越した事はない。
  尾根に登り上げた所から見下ろすと背後に池子の森が広がっていた。A
  擬似木製の手摺と岩壁の間を摺り抜けるように進んで鷹取山頂上の下の広場に出た。
頂上には展望台があって360度の視界が得られる。
  残念な事に冨士山や丹沢の方に雲が多く、何も見えなかった。

  足許の広場は昔の石切り場の跡(左下)で、一段下がった所にはトイレやジュースの自販機がある。

  これから辿ろうとしている "縦走ルート" を観察した。  阿武隈と似た細かい錯綜した地形で、尾根の繋がり方が分かり難い。
  大まかな感じとして、ほぼ直線状に並んでいる送電線鉄塔を目安にしてゆけばよいのかなぁ、と考えた(右下)。


  風が冷たくて落ち着かないし、やるべき事もなくなったので出発。

  広場の南端の出口で道が分かれる。
石の壁に取り付けてあるプレートに、左は追浜駅への下山路、右は京急田浦、JR東逗子方面と記してある。

  右の道に入るとすぐに尾根上の道になった。
所々に標石が埋めてある。
逗子と横須賀の市境を示しているようだ。B

  道は幅が広くてよく整備され、いたって歩きやすいのだが、送電線巡視路と里道が錯綜している所は相変わらずトリッキーだ。
左はその一例で、田浦駅へのルートを示すために京急が立てた標柱なのだが下の方にマジックで、右の道に入れば東逗子へ行けると書き込んであった。

  そちらに入るとすぐ先にもうひとつ分岐があり、右に入れば沼間に行けると記してあった。
鷹取山から幾らも進んでいないので右の道では沼間四丁目あたりに降りてしまうだろうと考え、左の道を進んでいってみたらふたつ目の鉄塔の先で行き止まりになった。
すぐ近くから横横道を走る車の音が聞こえてくるのでこれもダメだと判断して、最初の標柱まで戻り、田浦方面と記されている左の道を進んだ。C
  結果的にはこの道が正解で、暫く行った所にある二俣に手造りの道標が立っていた。
この道標には、左に行くと、"住宅地からふたたび山道" になると記されていた。

  すぐに左のような住宅地が見えてきた。
京急田浦駅から500m 位の地点で、船越町四丁目の住宅地が稜線まで上がってきている。
  住宅の玄関先を通り過ぎ、塀と笹薮の狭い隙間をすり抜けるとまた山道になった。D
  何となく終わりが近づいたと思いながら進んで、小高い所に立つ鉄塔の裾をまわり、対角側にある金網階段を下って行くと下の方にセメント舗装の歩道が見えてきた。

  降り立った歩道は鞍部を乗越す峠道で昔から沼間六丁目と京急田浦付近の船越町二丁目あたりを繋いでいた道のようだった。E

  右に50m 足らずで公園に出た(左)。
小さな園地だが住宅街の奥の、山を背にした場所で、奥寄りの塀に "篠山公園" と記したプレートが掛けてあった。
 落ち着いた雰囲気の良いところだったので、 ベンチにザックを置いてジュースを飲みながら山支度を解いた。

  朝のうちはパッとしない空模様だったが、いつの間にか青空が広がっていた。
風も収まって穏やかな昼下がりになった。
ちょっとした道迷いは冒したが深入りしないで済み、時間的にも順調に歩き抜けられた。
 
  住宅地の中の道を歩いて沼間坂上バス停に下る。
角のガソリンスタンドから先は一週間前に通ったばかりの道だ。
沼間四丁目一帯は、古い禅寺がある静かな集落だが、"Narrow Road, Drive with Caution" と記したプレート" があったりして、横須賀の隣町だと言うことを示している。
ブラブラ歩き、途中横道に入って五霊神社に立ち寄ったりして東逗子駅へ行き、帰りの電車の時間を確認したあと、駅前の蕎麦屋に入り、三週連続で "鴨セイロ" を食べて帰った。


☆おわりに
    この冬楽しませてもらっている三浦の尾根も大半のトレースができた。
残りの部分で最も目ぼしい所は乳頭山南の畠山あたりということになる。
そろそろ梅の花盛りかも知れないので、次の週末に田浦からここを通って後山/不動橋まで歩いて見ようと思っている。



(クリックすると拡大します)
☆参考ルート図
    極くマイナーなルートで、案内書などにもほとんど紹介されていないようなので今回歩いたルートのマップを作成してみた。
下図としては国土地理院の "電子国土" (*) が提供している地形図画像を利用した。

  A4紙一杯に印刷すればほぼ復元するが縮尺は右下のスケールによって判断して頂きたい。
  また、本文との照合を容易にするため、図上に○数字を書き込んだ。
文中の同一番号付近の記述と対比されたい。




(*: http://denshikokudo.jmc.or.jp/ )